帰国報告
私たちがザックス王国に到着したのは、六月の中旬辺りだった。
港から、まっすぐ森の城に帰りたい気持ちはあったけど。
私はまず本城へ向かい、お父様に帰国の報告を済ませなければならなかった。(本城へ向かったのは私とマティアスさん、先生の三人だけ。カイルたちは一足先に森の城へ帰った)
本城での出迎えは相変わらず仰々しく、私は内心ゲンナリしつつも、必死に愛想笑いを浮かべ続けた。
歓迎してくれるのはありがたいけど、訪れるたびに騎士さんや使用人さんたちに、両側ズラララーって並ばれてもねぇ。
やたら緊張するし気を遣うし、どっと疲れるだけなのよね……。
これって、わざわざ召集でもかけるのかしら?
そうでもしなきゃ、普通、ここまで集まらないわよね?
今日、思い切ってお父様に訊いてみようかな?
それで、本当にそうだったんなら、もうやめてください、気を遣わないでくださいってお願いしてみよう。
――なんてことを考えながら歩いていたら、いつの間にかお父様の執務室の前に着いていた。
私はさらに緊張をつのらせ、マティアスさんに促されるようにして部屋に入った。
「おお、無事に戻ったか。おまえの帰りを待ちわびていたぞ、リア」
立派な椅子から立ち上がると、お父様は笑顔で私を迎えてくれた。
そのお陰で一気に緊張がほぐれ、私の顔にも自然と笑みが浮かぶ。
「はい。只今戻りました、お父様」
「うむ。――シュターミッツ、オルブライトもご苦労だった。長旅で疲れたであろう、今日はゆるりと体を休めるが良い」
こちらに歩み寄りながら、お父様はマティアスさんと先生に、労いの言葉をかける。
二人は深々とお辞儀をし、お父様にそれぞれの言葉でお礼を述べた。
私はチラリと先生を窺ってから、視線をお父様に戻した。
そして、お父様とマティアスさんが〝帰国を急がせた理由〟を、どうやって先生に説明してもらおうかと頭を悩ませていた。
すると、私の様子がおかしいことに気付いたのか、
「うん……? いかがしたのだ、リア? 先ほどから落ち着かぬ様子だが……私に、何か伝えたいことがあるのかね?」
「あ……。は、はい! 実は、お訊きしたいことがあって!」
「何かね? 言ってみなさい」
「はい。あの……私の帰国を急がせた理由について、なんですけど……」
そう言って、私は再び恐る恐る先生を窺った。
「ん?……おお、そうであった。おまえの帰国を急がせたのは……」
――さすがお父様。
私の視線の先を目で追っただけで、ピンときてしまったらしい。
自分に予知夢の能力があることだけを隠して、私の身に危険が迫っているという内容の夢を見たこと、心配になって、マティアスさんに至急迎えに行かせたことを告げた。
「たかが夢を見ただけでと呆れているであろうな、オルブライトよ。過保護な親と笑ってくれても構わぬが……国の長たるこの私も、娘の前ではただの親にすぎぬのだ。子供のおらぬそなたには、理解できぬかもしれぬが」
「……いえ。姫殿下をご心配なさるのは当然でございます。呆れるなどとは、決して――」
頭を下げた状態のまま、先生が言葉を返す。
お父様は軽くうなずいて、本当に申し訳なさそうな顔つきで先生をじっと見つめた。
「だが……そなたは、蘇芳国についてもっと調べたいことがあったのであろうに。このようなことになってしまい、私も、申し訳なく思っておるのだ」
「……もったいないお言葉、痛み入ります。ですが――機会は今回限りではございますまい。いずれまた、彼の国へ参ることもございますでしょう。知的好奇心を満たす楽しみは、その時まで取っておくことにいたします」
「そうか。そのように言ってくれるか。……うむ。当然、次の機会があれば、真っ先にそなたを向かわせよう。蘇芳国を深く知ることは、この国のためにもなるであろうしな」
「はい。私もそのように思います」
二人の会話を聞き、私はホッと胸をなで下ろした。
これでもう、先生に追求されることもないだろう。
やっぱりお父様はすごいなぁ。私の心配事なんてすぐに見抜いて、あっという間に問題を取り除いてしまった。
……なんて、しみじみ思っていると、マティアスさんと目が合った。
彼はパチっとウィンクして、自慢げな顔でうなずく。
まるで、『いかがです? 私の敬愛する陛下は素晴らしいでしょう?』とでも言っているみたいで、私は思わず笑ってしまった。
「――うん? 何かおかしなことでもあったのかね?」
お父様に訊ねられ、私は慌てて首を振る。
お父様は不思議そうに私とマティアスさんを見比べてから、何かを思い出したかのように『おお、そうであった』とつぶやいた。
「リア。おまえの護衛であったカイルという若者が、蘇芳国で見つかったそうだな。彼に詳しく話を聞きたいのだが……明日、この城に来るようにと、伝えておいてくれぬか?」
「…………へっ?」
お父様の口からいきなりカイルの名を告げられ、私の思考は少しの間停止した。
そして、言われたことの意味を理解した瞬間、
「え……えぇえええーーーーーッ!?」
はしたないと知りつつも、部屋中に響き渡るくらいの大声を上げてしまった。