騎士見習いの口げんか
マティアスさんの部屋から出て、ドアを閉めたとたん、カイルとイサークの言い争うような声が聞こえてきた。
ギョッとして顔を上げると、廊下の突き当たりに彼らがいて、やはりケンカしているように見えた。
「ちょっ、ちょっと! 二人とも何してるの!?」
私は慌てて駆け寄り、二人の袖を同時に引っ張る。
ハッとしたように私を見た彼らは、
「姫様!」
「姫さん!」
引いてしまうくらい、息ピッタリに声を上げた。
「えっ、と……。どうしたの? 何だか言い争ってるみたいだったけど……」
私は『その割に、息は合ってるのよね』なんて思いながら訊ねる。
二人は私に向き直り、今度はこちらに訴えるかのように、互いを非難し始めた。
「どうもこうもございません! 私と交代で姫様の護衛をする約束でしたのに、この男が『用を足してる間に姫さんがいなくなっちまった』などと、ヘラヘラ笑って申すものですから腹が立って――っ」
「だーから、『悪かった』って謝っただろーが! いつまでもネチネチネチネチ、クドクドクドクドと……しつっけーんだよテメーはッ!!」
「な――っ! ほんの少しの隙が、事故や事件に結びつくのですよ!? あなたが目を離していた間に、姫様にもしものことがおありになったら、どう責任を取るつもりだったのです!? あなたの命を差し出す程度では済みませんよ!?」
「うっせーな! 姫さんはこーして無事だったんだから、もういーだろ!? 男のクセに細けーんだよテメーは!! そんなんじゃ、すーぐ姫さんに愛想尽かされちまうからな!?」
「は……はああ!? 何を言っているのです!? 姫様は、このようなことで愛想を尽かす方ではございません! 何もご存じないくせに、勝手なことを言わないでいただきたい!!」
「へっ! わかるもんかよ。姫さん、あんたとルドウィンの王子との間で、かなりフラフラしてたんだろ? あんたがちっとでも幻滅させるよーなことしよーもんなら、すーぐ王子の方に気持ちが傾いちまうかもしんねーぞ? そーなんねーよーに、せーぜー気ぃ付けんだな」
「な……っ、な、な……っ!」
カイルは両こぶしを握り締め、真っ赤な顔でワナワナと震えている。
これ以上はマズいと判断した私は、強引に二人の間に割って入った。
「ストップ! ストーップ!!……そこまでっ! そこまでーーーっ!!」
以前、セバスチャンに〝ストップ〟という言葉が通じなかったことを思い出し、慌てて言い直す。
そしてまずはイサークに向かい、
「ちょっと、誰がフラフラしてるってのよ!? ギルとは正式に婚約解消してるし、今はフラフラなんてしてない! カイルだけが好きなんだからっ!!」
「ひ……姫様……」
「――チッ」
カイルは感動したように私を見つめ、イサークは呆れたようにそっぽを向き、軽く舌打ちした。
イサークの態度にはムカッとしたけど、やっとのことで我慢し、今度はカイルに向き直る。
「カイルもカイルよ! イサークの憎まれ口なんかにいちいち反応しないで! スルースキルを身に着けなきゃダメ!」
「……は? スルウス……キル?」
……そっか。
これも通じないか……。
「無視よ、無視! イサークの言葉やムカつく態度なんて、全部受け流しちゃってってこと!」
「受け流す――ですか。……承知いたしました。以後、この男は一切相手にいたしません」
「ハッ、上等じゃねーか! こちとらテメーなんざ相手にしてやっかよ!」
「あ……っ。違うの、カイル! 無視するのは、イサークのムカつく言葉や態度だけ。全てのことを無視しろって言ってるワケじゃ――」
誤解させるような言い方だったかと即座に反省し、改めて説明してはみたものの。
二人は互いにそっぽを向き、目を合わせようともしない。
うぅ……、完全に失敗した。
言い争いをやめさせたかっただけなのに、余計に二人の仲をこじらせてしまったみたい……。
どうしたら仲良くしてもらえるだろうと思いながら、オロオロと二人の間で視線をさまよわせていると。
「――あ、そーだ。姫さん、あんた今まで何してたんだよ? あんたが急にいなくなっちまったから、この男に散々からまれちまったんだぜ? いい加減、無断であっちこっち歩き回んのはやめてくんねーか? 捜す方の身にもなってくれよな」
呆れ顔のイサークに苦情を言われてしまい、慌てて謝ろうとしたんだけど。
「な、なんと無礼な! あなたこそ、その口の利き方はどうにかならないのですか!? 我が国の王位継承順位、第一位の姫様に対し、馴れ馴れしすぎる上に野蛮すぎます!」
「うっせーな! 俺がどーゆー口利こうが勝手だろ! だいたい、俺はザックスの人間じゃねーし。他所の国の事情なんざ、いちいち気にしてられっかよ」
「なな――っ! な……なっ」
――マズい!
また言い争いが始まってしまう!
「あっ、わっ、私ねっ? マティアスさんにちょっと訊きたいことがあって、今まで彼の部屋にいたの! イサークに言ってから行こうとは思ったんだけど、ドアを開けたらイサークいなかったし! だからっ、その……黙っていなくなっちゃってごめんなさいっ!!」
口論になる前になんとかしなきゃと焦った私は、一気に事情を説明して謝った。
すると、二人は同時に顔をこちらに向け、
「シュターミッツ閣下のお部屋に!?」
「あのやたらキンキラしたヤツのとこにか!?」
またしても、ほぼ一緒に声を上げた。
「う、うん。――ほら、あそこの部屋。今までお話を聞いて、ついでにお茶もいただいてたの」
私は小さくうなずいて、マティアスさんの部屋を指し示す。
「へえ。茶をねぇ」
「お話とは、いったいどのような?」
「え?……えぇっと、それは……」
さらりとカイルに訊ねられ、私は思わず口ごもった。
彼にだけは、隠し事なんてしたくない。
でもこればっかりは、ペラペラ話すわけにもいかない。
だってこの話は、お父様にも関わることだから――。
マティアスさんが、私たちを迎えにザックス王国を出航したのは、私たちの出航から十日ほど経った頃だったらしい。
どうしてそんなに早く、迎えの船を寄こしたのか?
それは、お父様が〝私の身に危険が起こる夢を見た〟から。
お父様が、時々見るという夢。
必ず二つの夢を見るということだったけど……そのどちらの夢にも、私に危機が訪れるという予兆が見られたんだそうだ。
だからお父様は慌ててマティアスさんに命じて、私を迎えにやった……と、そういうことだったらしい。
でも……お父様の予知夢の話を、マティアスさんが話し出した時はビックリしたなぁ。
私以外、誰にも内緒のことだと思ってたから。
まあ、家臣の人たちの中でお父様の力のことを知っているのは、マティアスさんだけって話だったけど。
それほどお父様から信頼されてる人ってことかと、なんだか感心しちゃった。
――まあとにかく、そんなわけなので。
私は『ごめんね。マティアスさんに、誰にも話しちゃダメって言われたから』と言い、なんとか乗り切った。
二人の方は、その説明でどうにかなったけど……問題は、やっぱり先生で。
マティアスさんの名前を出しても、必死に話をそらそうとしても、なかなか引き下がってもらえなかった。
ザックスに着くまでの船中、何度も何度も問いただされ……。
結局私は、帰国してからお父様に泣きつく羽目になった。