戯れの騎士団長
しばらく考えてはみたけれど。
残念ながら、マティアスさんが嘘をついた理由なんて、さっぱり浮かんでこなかった。
こんなところで考えていても、らちが明かない。直接本人に訊こう。
そう思った私は、先生に『マティアスさんに訊いてきます』と伝え、きびすを返した。
先生は、そのことについては特に止めはしなかったけど。
「待ちたまえ。――閣下の宿泊している部屋は、どこだか知っているのか?」
それだけ確認してきて、私は『あっ』と声を上げて立ち止まった。
「えっと……。ここでいいんだよ……ね?」
マティアスさんの部屋を先生に訊き、どうにか一人で、それらしき部屋の前にたどり着いた。
でも、ドアに〝マティアス閣下ご宿泊中〟なんて札が、貼ってあるわけでもない。
本当にここでいいのか、間違っていないのかと不安だった私は、しばらくノックもできずにいた。
(う~ん……。間違ってたらどうしようって感じだけど、ここでボーッと突っ立ってても仕方ないしなぁ……。うん、とりあえずノックしてみよう。違う人が出てきたら『ごめんなさい』して、他を探せばいいんだ!)
覚悟を決めて、ドアを三回ノックする。
ドキドキしながら待っていると、すぐにドアが開き、マティアスさんが姿を現した。
「おや、姫殿下ではございませんか。いかがなさいました、供の者もお連れにならずに?」
「あ……。えっと、その……。ちょっと、お訊きしたいことがございまして……」
「私に?――はて、どのようなことでございましょう?」
どう言っていいのかわからず、私は組み合わせた両手を握ったり離したりしながら、さり気なく目をそらす。
「えぇ……と……。実は、ですね。お迎えの理由について、詳しくお訊きしたいことが――」
「フフ。……ようやくお気付きになられましたか」
「――えっ?」
私は驚いて顔を上げ、じっとマティアスさんを見つめた。
……『ようやくお気付きに』って……どういうこと?
まるで、『来るのを待っていた』とでも言わんばかりの……。
「ああ……そのような純粋な瞳で見つめないでいただきたい。私には愛する妻と、可愛い盛りの子が二人もいるのです。道ならぬ恋に落ちるわけには参りません」
マティアスさんは額に軽く指を当て、ゆるゆると首を横に振った。
「……は?」
……『私には愛する妻と』? 『可愛い盛りの子が二人』?
それから『道ならぬ恋に落ちるわけには』?
……何言ってるんだろう、この人……?
思いっきり眉間にシワを寄せ、マティアスさんを仰ぎ見る。
すると、彼はプッと吹き出して、片手を口元に当てながらクスクスと笑い出した。
「……いや。申し訳ございません、姫殿下。あなた様があまりにもお可愛らしいもので、つい戯れを申しました。どうかお許しください」
「……へ? たわむれ……?」
たわむれって――昔の言葉でいうところの、遊びとかふざけるとか……って意味じゃなかったっけ?
遊びを言った、ふざけた……ってことは、つまり……からかったってこと!?
意味に思い当たったとたん、私の顔はカーッと熱くなった。
「ああ、お顔が赤くなられてしまいましたな。誠にご無礼いたしました。――さて。姫殿下を立たせたままお話を伺うなど、滅相もないことでございますからな。どうかお部屋にお入りください」
そう言うと、マティアスさんは恭しく一礼し、ドアを大きく開けて入室を促した。
だけど、私は一歩後ずさりし、大きく首を横に振った。
「いっ、いえ、結構です! お話はここで伺います!」
この人と二人きりの部屋で話をするなんて、なんか怖くてヤダ!
何をされるか(いやらしい意味ではないけど)わからないもの!
思いっきり警戒して身構える私を見て、マティアスさんは一瞬、キョトンとした顔で固まった。
その後、今度は片手でお腹を押さえて笑い出して……。
「ご――ご心配なさいますな、姫殿下。このマティアス、二度と先ほどのようなご無礼はいたしません。真面目な話のみいたすと、ここにお誓い申し上げましょう。……ささ、ご遠慮なさらず。どうぞ中へお入りください」
ひとしきり笑ってから、彼は再び入室を促した。
私は不審の目を向け、『遠慮してるわけじゃないんだけど』なんて思いながら、しばらく部屋に入るのをためらっていた。
でも、いつまでもこうしているわけにもいかない。私は観念して、部屋の中へ歩を進めた。
マティアスさんの部屋(騎士団長専用らしい)は、私に用意された部屋より、かなり豪華と言うか、きらびやかに見えた。
促されたソファに座り、私は思わず、キョロキョロと部屋の中を見回してしまった。
「この部屋が、姫殿下のお部屋よりも立派にお見えになりますか?」
「え?――あ、いえっ!……ごめんなさい、お行儀悪かったですね」
恥ずかしくて縮こまると、彼はゆるゆると首を振り、
「いいえ、構いません。お気がお済みになるまでご覧ください。……姫殿下には、もっと上等なお部屋にお泊りいただきたかったのですが……あいにくとこの船は、騎士団専用ですので。あのような質素なお部屋しか、ご用意できなかったのです。何かとご不便もおありでしょうが、一月半ほど、お忍びいただきたく存じます」
そう言って、私の前に紅茶(この世界でも紅茶は紅茶でいいらしい)の入ったティーカップ&ソーサーをコトリと置いた。
「そんな、私はあの部屋で充分です! 豪華すぎる方が落ち着かないくらいですし……」
「――ほう? さすがは姫殿下でいらっしゃいますな。質素倹約を重んじになる陛下と、よく似ていらっしゃる」
感心したようにうなずくマティアスさんに、私はヘラっと笑ってみせる。
豪華すぎると落ち着かないのは、向こうの世界での私の部屋が、めっちゃシンプルだったからなんだけど……。
もちろん、マティアスさんに話すわけにはいかないから、ここは笑ってごまかすしかない。
マティアスさんは向かい側のソファに座り、私の目をまっすぐ見ると、
「私に訊きたいことがおありになるのでしたな。――フフ。どうぞ何なりとお訊ねください」
両手を膝の上で組み合わせ、余裕たっぷりの笑みを浮かべた。