別れの朝‐下山‐
白藤との別れを済ませた後、私はその足で神の憩い場へ向かった。
ザックス王国メンバーの中では、私だけに許されていた神の憩い場での入浴だったけど。
最後ということで、〝神の憩い場を使用して良い〟と、先生とイサークにも特別な許可が下りたのだ。
もちろん、私が浸かっていた場所より数十メートルほど離れたところのみ、ってことだったけど。
体を温め、心身共にリラックスするには充分だったようで、入浴後の先生はかなり上機嫌に見えた。
それから――二人の他、カイルとマティアスさんも一緒に入浴したそうなんだけど、これにはちょっとビックリした。
だって、カイルはまだともかく、マティアスさんは上流貴族だもの。
〝複数人での入浴〟なんて、まず経験したことはないだろうし。
平民であるイサークや先生と一緒に――なんて、嫌がるかと思ったのに。
彼は貴族の中では〝変わり者〟で通ってるから、全然気にしていない様子だったと、やはり入浴後、意外そうにカイルが話していた。
そんなことがあったんなら、迎えにきてくれたのがマティアスさんで、本当に良かった。
彼以外の騎士団の誰かだったら、みんなで仲良く入浴なんて、きっとできなかったに違いないもの。
入浴を済ませた後は、最後のあさげ。
萌黄ちゃんに用意してもらえるのも、これが最後なんだと思ったら、何だか寂しくなってきて。
食事中に涙ぐんだりした私を、彼女は『姫殿下ともあろうお方が、みっともないですよ』ってたしなめたけど。
彼女の目も潤んでいると気付いた時は、何だかジーンとしてしまった。
――あ、そうそう。
彼女の姉、千草ちゃんのことだけど。
しばらくは姉妹一緒に、藤華さん付きの女官見習いをすることになったらしい。
そして数年後には、藤華さんの跡を継ぎ、新たな巫女姫になることだろうと――昨日会った時、藤華さんがコッソリ教えてくれた。
彼女が人間として、巫女姫候補として成長するまでは、藤華さんが継続して務めることになるんだそうだけど……。
「えっ? 藤華さんは、近いうちに帝のご正室になられるんでしょう? 巫女姫のままでも大丈夫なんですか?」
気になって訊ねたら、藤華さんはほんのり頬を染めてうなずいた。
「神のお言葉により、巫女姫の役目は日々の神への祈りと、一年に一度の奉納の舞――神結儀のみとなりましたでしょう? 未婚であろうと既婚であろうと構わぬはずと……帝がおっしゃいましたの」
「そうなんですか! よかった~。これでもういつでも、帝のご正室になれますよね?」
思わずストレートに訊ねてしまったら、藤華さんは両袖で顔を隠し、
「まあ……。いやですわ、リナリア姫殿下。あまり、からかわないでくださいませ」
蚊の鳴くような声で、恥ずかしそうに答えた。
下山の際は、着いた時と同様、お神輿のような乗り物でエッホエッホと担がれていたわけだけど。
やっぱり、メチャクチャ恥ずかしかった。もう二度と乗りたくないと、心から思った。
――それなのに。
ふもとの村に着き、ようやく降りられるとホッとしたのも束の間。
お国の船はもう少し離れたところに停めてあるそうですので、そのまま乗っていてください――と雪緋さんに告げられ、私は『えーッ!?』と不満の声を上げてしまった。
どうやら、遠浅のこことは違い、数十分ほど行ったところに、船を停めておけるところがあったらしく。
マティアスさんたちは、そこに船を停めておいたんだそうだ。
まだ数十分も乗っていなきゃいけないのかと、ゲンナリしたけど。
雪緋さんに『もうしばらくのご辛抱です。どうかお願いいたします』と頼まれたら、イヤですとは言えないじゃない?
私は渋々うなずいて、大人しく運ばれることにした。
目的地付近に着き、神輿から降りた私は、まずは運んでくれた人たちにお礼を言った。
そして、ペコリと一礼して去っていく彼らを見送ってから、
「……ハァ。疲れた……」
ため息をつきながら、ガクリと肩を落とす。
すると、すぐにイサークが近寄ってきて、呆れ顔で腕を組んだ。
「なーにゼータク言ってんだよ、姫さん。俺たちなんざ、ずーっと歩いてきたんだぜ? 疲れたってーのは、どー考えてもこっちの方だろーが」
「う――っ!……そっか。そうだよね。ごめん、ホントに贅沢だった……」
すぐさま反省し、私はションボリとうつむく。
イサークは焦ったように『べつにっ、謝るほどのもんでもねーけど』と言った後、
「まあ、確かに……あの妙な乗りもんに乗せられんのは、俺でも勘弁してくれって思っちまってただろーけどよ……」
お神輿のような乗り物を担いで遠ざかっていく、彼らを目で追いながら、しみじみした口調で同意してくれた。
「ほう? 姫殿下もあのような乗り物は苦手でいらっしゃいますか。実のところを申しますと、私も少々辟易いたしましてな。やはり、乗り物は馬車か馬に限ります」
私たちの話が聞こえたのか、マティアスさんも同意するようにうなずいている。
でも私がイヤだったのは、乗り心地と言うより、見世物みたいに運ばれることの方だったんだけど……。
なんてことを思いながら、私はニヘラと愛想笑いを浮かべた。
その時、
「姫殿下、我らの船はあちらでございます。この先は足場が悪いゆえ、お気を付けくださいますように」
マティアスさんが先に立ち、腕を広げて船を指し示した。