帰国するその前に
帰国が決まってからは、それはもう大変だった。
まず、紫黒帝への報告、藤華さんとの最後のお話、二人とのお別れを済ませたあと。
先生やイサーク、カイルに事情を説明して――それからもちろん、帰り支度も。
これらを、たった半日で済ませなければならなかったんだから。
紫黒帝には、お礼とお詫びを同時に告げられた。
お礼というのは、神結儀に出席するために、わざわざ遠くから来てくれてありがとう――ってことと、たとえ短い間だったとしても露草さんと心を通わせてくれたこと、火災の消火などにも尽力してくれたこと、藤華さんとの仲を結果的には取り持ってくれたこと……それらすべてへの感謝ってことだった。
お詫びというのは、もちろん、たった一日だけだとしても、私を監禁してしまったこと。
火災やら何やらで、怖い思いをたくさんさせてしまったこと……。
とにかくいろいろ。
いろいろなことについて、何度もお礼とお詫びをされてしまった。
……でも、火災のことについても、紫黒帝と藤華さんのことについても、私は大したことはしてないんだよね。
尽力してくれたのは私じゃなく、白藤なんだもの。
私はただ、彼に力を貸してもらって、彼にいろいろ押し付けて、彼の言葉を伝えたりしただけ。
お礼を言わなきゃいけないのは、本当は白藤になんだけど……。
紫黒帝には、彼を見ることも感じることもできないんだから、仕方ないのよね。
私が代わりにお礼を言っておくことにしよう。
藤華さんとは、あまりお話する時間がなかったんだけど。
巫女姫としての重大な責務(神との婚姻)から解放され、紫黒帝と気持ちを確かめ合うこともでき、とても幸せそうだった。
神結儀は、白藤が伝えた通り、〝神への感謝と蘇芳国の発展などを願っての、奉納の舞〟とすることが、昨夜の会議で正式に決まったらしい。
また後日、改めて開催することになるんだそうだ。――今度は、御所内の人々のみの儀式として。
「あ、じゃあ――今度は、私は出席しなくてもいいんですね?」
藤華さんに最後にお会いした時、そう訊いたら、彼女はくすりと笑って。
「実を申しますとね? 神結儀は、異国の方をお招きするような儀式ではないのです。リナリア姫殿下以外は、異国の方などいらっしゃらなかったでしょう?」
「え?……あ、そう言えば。私以外は、この国の――御所内の人の数人ほどしか、いらっしゃらなかったような……」
「ウフフ。――今回は特別でしたの。帝が、どうしてもリナリア姫殿下にお会いしたいと無理をおっしゃって。慌てた周囲の者たちが話し合い、雪緋を使者として送ることを決定したそうなのです」
「えっ?……そうなんですか?」
「ええ。ザックス王国の国王陛下をお呼びする予定だったというのも、偽りだったらしいのです。初めから、リナリア姫殿下をお呼びするつもりだったのですって」
「ええっ、初めから私を!? お父様ではなく!?」
「はい。ですから、国王陛下のご予定が埋まっていらっしゃるであろう寸前の時期に、使者を送るようにした――と、帝がおっしゃっていましたわ」
「……そう……だったん、ですか……」
う~ん、そっかぁ……。
紫黒帝はお父様のこと、嫌ってるっぽかったし。
国主をお招きするなんて大変なこと、普通なら、もっと余裕を持って実行してるはずだもんね。
おかしいな~なんて、チラッと思ってはいたけど……そっかそっか、そういうことだったんだ。
一人で納得していると、ふいに、藤華さんが顔を曇らせて。
「どうか、帝のことを悪く思わないでくださいませね? 紅華様の御子であらせられるリナリア姫殿下にお会いしたい、その一心だったのですわ」
「え……? そんな、まさか! 悪くなんて思うわけないですよ! それほどまでに会いたいと思っていてくださったなんて、光栄ですし! 私も、帝や藤華さん、萌黄ちゃん、千草ちゃん、露草さん……そして雪緋さん。みなさんとお会いできて嬉しかったです! お母様のことも、たくさん教えていただけましたし……。カイルにも再会できました」
「そのように思っていただけるなんて……。わたくしこそ、光栄の至りですわ。リナリア姫殿下。お国に戻られましても、翡翠――いえ、カイル様と、お幸せになってくださいませ」
「……はい! そうなれるよう頑張ります! 藤華さんも、帝と末永くお幸せに」
「まあ、そのようなこと……! まだ何も決まってはおりませんのよ? 帝の周りの方々が、お許しになるとは思えませんし……」
たちまち顔を真っ赤に染め、藤華さんはもじもじし始めた。
「大丈夫ですよ、きっとうまくいきます。だって……お二人が結ばれることを、神が望んでいるんですから! 神のご意思に逆らうなんて、誰もできないに決まってます!」
自信満々に言ってのけると、私はわざと大きく胸を反らせ、両手を腰に置いた。
藤華さんは一瞬目を丸くした後、ふわりと優しく微笑んで、『ありがとうございます』と小声で言った。




