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急なお迎え

「リナリア姫殿下!……よかった、お元気でいらっしゃいましたか。予定より、かなりお帰りが遅れていらっしゃったので、陛下もたいそう心配なさっていましたぞ。そこでこの、マティアス・ウールク・シュターミッツが陛下に進言申し上げまして、こうしてお迎えに上がったというわけです」


 相変わらずの、派手な容姿と出で立ちだった。

 ザックス王国の国王専属騎士の一人、アルベリヒ騎士団のシュターミッツさんは、私の前で片膝をついた。

 それからそっと私の手を取り、甲に触れるか触れないか程度のキスを落とす。



 う~ん……。


 手の甲へのキスって、身分が高い女性に対しての挨拶――って、今はわかってるけど。

 やっぱり、いつまで経っても慣れることができないんだよね……。やたらと恥ずかしいんだもの。



 そんなことを思いながら、私はシュターミッツさんの前で困惑の笑みを浮かべた。


「えーっと……。ごめんなさい、シュターミッツさん。心配かけてしまって……。でも、あの……こんな遠くまで迎えにいらしてくださらなくても、よかったんですよ……?」


「なりません、姫殿下!」


 いきなりの大声に、私はビクッとして縮こまった。


「……え?」



 今、私……何か叱られるようなこと言った?

 ……特に、思い当たることがないんだけど……。



 戸惑って首を傾げる私を、彼はまっすぐ見つめて立ち上がり、


「私との約束をお忘れですか? そうであるとするならば、誠に残念です」


 言いながら、ゆるゆると首を横に振った。


「え……えー……っと?」



 ……約束?

 シュターミッツさんと、約束なんてしてたっけ?



 慌てて記憶をさかのぼっても、どうしても思い出せず……。

 私は白旗を掲げるつもりで、おずおずと彼の顔色を窺った。


「……やはり、お忘れでいらっしゃいますか。非常に残念です。あれほどお願い申し上げましたのに。『どうかマティアスとお呼びください』――と」



 ……って、呼び方かーい!



 私は内心でツッコみつつ、引きつり笑いを浮かべた。


「あ……ああ、そうでしたね。すみません、シュター――……マティアスさん」


 慌てて言い直すと、マティアスさんは満足そうにうなずいた。


「それでよろしいのです。しかし姫殿下、淑女たるもの、約束事をお忘れになるのは感心できたことではありませんぞ」


 そう言いながらも、彼の口元には笑みが浮かんでいる。どうやら本気で怒っているわけではなさそうで、私はホッと胸をなで下ろした。


「とは申しましても、姫殿下の素直なご性格は、やはり美徳でございますな。すぐに非をお認めになり、謝罪することがおできになるのですから。他国の方々も、さぞや姫殿下のお人柄に魅了されていらっしゃることでしょう」


 ストレートに褒められると、なんだか照れくさくて、私はエヘヘと笑ってそっと頬をかいた。



 マティアスさんって、やたらと自分の美学にこだわりがあるらしいから。

 少しでもその美学に合うことをすると、大げさに褒めてくれるんだよね。


 嬉しいけど、とっさにどう反応していいのか、わからなくなっちゃうことが多くて困る……。



「それで、マティアスさん。こんな遠くまで、お迎えにいらしてくださったということは……」


「はい。明日(みょうにち)、我が国の船で帰国いたしましょう」


「明日!?」


 思わず声が上ずってしまった。



 明日って、あまりにも早すぎる!

 てっきり、マティアスさんも数日滞在するものとばかり……。



「そんな急にですか? マティアスさんも、長旅でお疲れでしょう? もう少し、こちらに滞在するというわけには……」


「姫殿下のお心遣いは大変ありがたく存じますが、急がねばならぬ事情がございます」


 マティアスさんの表情は、さっきまでの穏やかな雰囲気から一転し、真剣そのものになった。


「今は穏やかな天候が続いておりますが、滞在を先延ばしにいたしますと、すぐに嵐の多い季節を迎えてしまいます。途中で海が荒れでもしたら、それこそ大変なことになりますからな。姫殿下の御身に何かございますれば、このマティアスが陛下にお叱りを受けてしまいます」



 天候……?


 そっか、来月は六月。

 この世界にも、雨の多くなる梅雨のような季節があるってこと……?


 だったら仕方ないか。

 天候は、人の力ではどうにもならないもんね。

 マティアスさんがこんなに心配してくれてるのに、ワガママ言うわけにもいかないし……。



「……わかりました。それでは、明日帰国させていただきます」


「ご理解感謝いたします、姫殿下。――それでは、私は紫黒帝にご挨拶して参りますので、これにて失礼いたします」


 マティアスさんは再び片膝をついて一礼すると、立ち上がって去っていった。


 私は彼の後ろ姿を見送ってから、ふと後ろを振り返る。

 そこには萌黄ちゃんが、居心地悪そうに控えていた。


 話は聞こえていただろうけど、私たちはザックス王国の言葉で話していたんだろうから、彼女にはわからなかったんだろう。


「待たせちゃってごめんね、萌黄ちゃん」


「い、いえ。大丈夫です」


 萌黄ちゃんは慌てたように首を振った。


「えっと……あのね? 私、明日帰国することになったの」


「えっ!? そんなにお早く!?」


 萌黄ちゃんの目が大きく見開かれる。


「うん。私も驚いたんだけど……急がないと、天候が荒れる季節がきてしまうらしくて。寂しいけど、こればっかりは仕方がないよね」


「そう、ですか……」


 理解してくれたようで、萌黄ちゃんは小さくうなずいた。

 でも、その表情はどんどん沈んでいく。


「それでは、お早く帰国のお支度を整えなければいけませんね」


 健気に微笑む萌黄ちゃんだったんだけど。

 途中でこらえきれなくなったように、涙がポロッとこぼれ落ちた。


「あ……。すみません、お見苦しいところを……」


 慌てて袖で目元をぬぐう萌黄ちゃんを見て、私の胸も締め付けられるように苦しくなった。



 初めは『もしかして、よく思われてないのかな?』なんて思っていたけど……。

 こうして別れを惜しんでくれているところを見ると、そういうわけでもなかったんだな。



 私もこらえきれなくなり、萌黄ちゃんを思い切り抱き締めた。


「萌黄ちゃんとお別れするの、寂しいよ……」


「リナリア……姫、殿下……」


 私たちはしっかと抱き合い、しばらくの間、共に涙を流し続けた。

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