泣かない決意
時の経過って、ホントに無情。
だって、カイルが消息不明って知らせを受けてから、もう半年も経っちゃったんだもの。
もちろん、セバスチャンはお仲間に指令を出して、あちこち捜してもらったりしたらしいし。
先生も、昔のツテ(どういうツテかは教えてくれなかったけど)を頼ったりして、カイルの目撃情報がないか、探ってくれたりしたみたいなんだけど……。
結局、カイルらしい人を見たって情報は、ひとつも入って来なかった。
セバスチャンのお仲間さん達も、彼を見つけ出すことは出来なかった。
……半年、か。
特に何の手掛かりもないまま、半年――。
私がここ(この世界)に戻って来たのが、確か六月の初旬辺り。
――で、その数週間後にカイルが旅に出て、そこからまた、一ヶ月くらい経ってからギルが訪ねて来て、婚約解消して……その数日後に、カイルが行方不明って知らせを受けたんだよね。
それから、九月の初旬辺りにウォルフさんが来て。イサークとニーナちゃんを、私に預けて行って――……。
……そっか。あれから半年か。
もう、半年も経っちゃったんだ……。
窓辺でぼんやりと表を眺めながら、深々とため息をつく。
吐き出した息は白く揺らめいて、暖かい日の訪れはもう少し先だと、私に思い知らせた。
この国の気候は、私が元いた国(日本)の気候よりも、年間を通して、やや低めらしい。
実際に、気温を計ってみたワケじゃない(計る道具があるかもわからない)んだけど、体感的に、そんな気がしてる。
つい最近まで、暖炉で暖を取ってたから、どうにか、冬は越えられそうだけど。
もしも暖炉がなかったら、今頃どうなってたんだろうって考えると、本気でゾッとする。たぶん、凍死しててもおかしくなかったんじゃないかな。
でも、冬の厳しさに比べて、夏は、耐えられないほど暑くなるってことは、ほとんどなかった。
日本のうだるような暑さを経験しちゃってる私には、避暑地で過ごしてるみたいに、快適に思えたっけ。
春夏秋冬、ちゃんと四季も感じられるし、冬の厳しさだけに目をつむれば、むしろ、日本より過ごしやすいかも知れないな。このザックスって国は。
「……でも、やっぱり冬の寒さは厳しいよね……。カイルは、元気で冬を越せたかな? 風邪なんか引いてなきゃいいけど……」
無意識につぶやいたとたん、背後に人の気配を感じ、慌てて振り返る。
「姫様……」
そこにいたのは、セバスチャンだった。
私と目が合うと、ションボリと肩を落としてうつむく。
「未だ、諦めておられないのですなぁ。……カイルのことを」
彼が漏らした一言は、私にかなりの衝撃を与えた。
無神経さにカッとなって、堪らずに言い返す。
「ま、まだってどーゆーことッ!?……諦めるって……諦めるなんてそんな――そんなひどいこと言わないでッ!! どーして諦めなきゃいけないのッ!? それじゃまるで――っ」
「……ひ、姫様……」
「まるでカイルが、もうこの世にはいないみたいじゃない!! やめてよ、セバスチャンのバカッ!! バカバカバカッ!! もう――っ、もうセバスチャンなんて嫌いッ!! 大っ嫌いッ!!」
大声でなじった後。
私は駆け出し、部屋の外へと飛び出した。
「姫様! お待ちくださいませっ、姫様ーーーーーッ!!」
セバスチャンの声が後ろから聞こえたけど、あえて無視した。
無視して――ただ夢中で、何かから逃がれるように走った。
……なによ。
今のはセバスチャンが悪いんだから。
『未だ諦めてないのか』なんて、そんな冷たいこと……私に言ったりするから!
『諦める』って何? 『諦める』って、どーゆーことよ?
なんでカイルを……なんで私が、諦めなきゃいけないの!?
カイルは絶対帰って来るもん。
私の元へ、必ず帰って来てくれるもの!
だって約束した。『二年後の武術大会までには、必ず戻ります』って。
騎士として認めてもらえなければ、武術大会への出場すら叶わないから……それまでには絶対戻るって、約束してくれた!
だから……だから、私はそれまで待ってればいいの。
ただ信じて、待ってさえいれば。
そうすれば、二年後にはきっと、必ず……カイルは戻って来るんだから!!
そんなことを思いながら、走って走って、走り続けて。
息苦しくなって顔を上げると、そこは、見覚えのある場所で――。
……ううん。
見覚えがある、なんて、素っ気ない言い方はしたくない。
私にとっては、とても大切な……思い出深い場所だった。
最初に、ギルとお別れをした場所。
そして、カイルとファーストキスして……お別れした場所。
忘れようとしたって忘れられない、大切な場所。
その塔の上に、気が付くと私は立っていた。
……バカだな。
よりにもよって、こんなところに来ちゃうなんて……。
とても甘くて、幸せな記憶。
苦くて辛くもある、思い出だらけの場所に来ちゃうなんて。……ホント、うっかりにも程があるよ。
……ねえ、カイル。
ここは、二人の思い出の場所でしょ?
ファーストキスをした、大切な……二人の……。
そんな特別な場所を、悲しい記憶で上書きさせないでよ。
いつまでもここには、幸せな記憶だけを留めておきたいのに……。
だから、ねえ……意地悪しないで?
騎士になるための修行とか、武術大会での優勝とか、もう、そんなのどーだっていいから。
あなたさえ無事なら……あなたが無事でいてくれるなら、それだけでいいから――!!
だから……だからお願い。
早く……早く帰って来てよぉ――っ!!
「カイル……」
名前を呼んだら涙がにじんで来て、慌てて首を横に振った。
泣いたって、なんにも変わらない。変えられやしない。
メソメソしてたって、カイルが戻って来てくれるワケじゃない。
だから……だからもう、泣いちゃダメだ。
泣いたら、認めることになる。この先に待ってるのは不幸だ――って、自分で認めることになっちゃう。
だから、もう泣かない。絶対に泣かない。
今日からは、泣いたりなんかしない――!!
これから先、何があっても……決して涙は流さない。
次に私が泣く時、それは……カイルに再び会えた時だ。
空の彼方を睨むように見上げながら、私は強く心に誓った。