演技へたすぎな件について
庭園の中央に着いた。
白藤は後ろから私を抱えたまま、さらに高く上昇し、御所中を見渡せるほどの上空までいったところで、ようやく静止した。
下を向くと、紫黒帝や藤華さん、萌黄ちゃん、神結儀に参列していた人々が、次々とやってくるのが見えた。
(フムン? ぞろりぞろりとやってきおったな。――どうじゃ? 緊張はほぐれたか? いよいよ、これからが本番じゃぞ)
白藤の声が穏やかに響く。
さっきまでの、どこか面白がっているような軽い口調ではなくなっていた。
……確かに、ここからが本当の『芝居』の始まり。
うまく演じられるかどうかわからないけど……やるしかない!
私が気合を入れ直していると、
「リナリア!……お、おお……。そのような……高さに、まで……」
紫黒帝が駆け寄ってきてからこちらを見上げ、息を切らせつつ放心したようにつぶやいた。
う~ん……。
やっぱりこの人、演技うまいわ……。
――っと、感心してる場合じゃなかった。
こっちも負けていられない!
私は大きく深呼吸してから、心を落ち着かせるため、再び両目をつむった。
とにかく、白藤の言葉をそのまま伝えればいいのよね。
ムリに演技しようとしなくてもいいのよ、うん。
自然に、自然に。
リラックスして、白藤の言葉を繰り返せばいいだけ――!
「……いいわ、白藤。始めて」
小声で伝えると、後ろから彼の言葉が聞こえた。
私は両目を開くと同時に、その言葉をそのまま繰り返す。
「わっ、我はし、白藤! い、いいい古よりこ――っ、この地を守護せし、かっ、神なりっ!」
――瞬間。
辺りはシーンと静まり返った。
……い……。
イヤァアアアッ!!
なんか噛んだ! 思いっきり噛んじゃったぁ!
しかも何っ、今の!?
めっちゃ声、震えてたし! 語尾なんか裏返っちゃってたし!
自分でも信じられないくらい、棒だった! 棒読みだった!
なんかあれ、あれに似てた!
ほら、昔テレビの情報番組で見たヤツ!
喉の辺りを手刀で叩いて、『ワ・レ・ワ・レ・ハ・ウ・チュ・ウ・ジ・ン・ダ』……って、宇宙人の声のモノマネ? だか何だか、あんな感じのヤツ!
イヤァアアアッ!!
演技がウマイとかヘタとか、それ以前の問題って気がするぅうううーーーーーッ!!
予想以上のダメダメっぷりに青くなった私は、恐る恐る視線を下に向けた。
そこには、口をポカーンと開けて見上げている人、人、人……。
御所中の建物から外に出て、こちらを呆け顔で眺めている、たくさんの人々の姿があった。
……ヤバい。
失敗した!?
私、思いっきりやらかしちゃった!?
焦った私は、どうにかして落ち着こうと、知っている人の顔を探した。
藤華さんと目が合って、ホッとしたのも束の間。
彼女は呆け顔から一転、吹き出したかのように顔を歪めたかと思うと、慌てたように着物の袖で顔を隠した。
えっ? と思って、さらに知っている顔を探すと、すぐ横には萌黄ちゃんが立っていて。
彼女も両手で顔を隠し、深くうつむいてしまっていた。
えっ? えっ? と、完全に心細くなった私は、次の知っている顔を探す。
とたん、紫黒帝と目が合った――と思ったら、彼は素早く両袖で顔を隠してしまった。
……笑ってる。
みんな、どう考えても笑ってるぅーーーッ!!
ヒドいっ!
あなたたちの――蘇芳国のみんなのために、慣れないことを必死にやってるのに……。
何もそんな――っ、みんなして笑うことないでしょぉおおーーーーーッ!?
恥ずかしくて涙目になっている私の後ろでは、白藤がくつくつと笑っている。
もうダメだ。完全に失敗した――。
そう思った私の耳に、
(ほれ、いかがしたのじゃリナリアとやらよ? まだ我の言葉は終わっておらぬぞ。名乗っただけで終わりにしようなどと、よもや思ってはおらぬじゃろうな?)
笑いを堪えているような、白藤の声が聞こえた。
「だ――っ、だって、みんな笑ってるし……。こんなの、どう考えても失敗じゃないっ」
(……いや。どうやらそうでもなさそうじゃぞ?――ほれ、下を見てみるのじゃ。そちの身近な者たちではなく、それ以外の民をな)
「えっ?」
白藤に言われた通り、視線を知っている人以外に向けてみる。
すると、
「ま、まさか本当に神が……!」
「ザックス王国の姫君に、我が国の神が宿られるとは……!」
「おお……! なんとありがたきことか……!」
御所の人々が、口々に驚きの声を上げていた。
……信じられない。
あんな大根演技でも、騙されてくれるなんて。
どうやら、こちらが思っている以上に、この国の人々は純粋な魂を持っているらしい。
お陰で私は、少しだけ落ち着きを取り戻すことができた。
(いかがするのじゃ? ここでやめるか? それとも――)
「やるわ! ここまできて、やめるなんて選択肢はありえない!」
(ムフン。その意気じゃ。――では、続けるとしようかのう)
私はもう一度深呼吸してから、白藤の言葉を告げた。
「今こそ、我の言葉を伝えねばならぬ時が来た。蘇芳国の者たちよ、聞くがよい――!」