演技うますぎな件について
またしても、白藤が急に現れた。
私はムカッときて、もう何度目になるかわからない、文句を言ってやろうと口を開いたんだけど、
「リナリア姫殿下っ、藤華様がこちらを気にしてらっしゃいます。きっと、リナリア姫殿下が神に連れ去られる時を、待っていらっしゃるに違いありません。まだ準備は整わないんですか?」
萌黄ちゃんのヒソヒソ声で、そんなことを言っている場合じゃないと気付かされた。
「ああ、ごめんねっ。白藤はここにいるから、いつでも始められるんだけど……」
そう言って白藤に目を移す。
彼はニンマリ笑って腕を組み、大きくうなずいた。
(我はいつでも構わぬぞ。そちを表に運ぶ用意は、とっくにできておるしのう)
「そ、そっか。じゃあ……えっと……」
『始めようか』と言おうとして……言えなかった。
演技をしなければいけないというプレッシャーが、一気にのしかかってきて――。
どうしても、次の言葉が出てこない。
(いかがしたのじゃ? 藤華が不安げにこちらをチラチラ見ておるぞ?)
白藤が意地悪く笑いながら言ってくる。
その余裕たっぷりな態度にムカつきつつも、私は藤華さんのいる方にさり気なく視線を移した。
「――うっ」
白藤の言う通り、藤華さんはこちらを不安げに見ていて……。
ただし、『チラチラ』どころではなく、ガッツリと。私をまっすぐ凝視していた。
さらにプレッシャーを感じた私は、今度は萌黄ちゃんに目を向けてみた。
すると、彼女もメチャクチャ心配そうに、私をじぃっと見上げていた。
「リナリア姫殿下。あの……大丈夫ですか?」
「え?……う、うん……」
……マズい。
このままじゃ、みんなを不安にさせちゃう。
でも、どうしよう。
頭の中が真っ白で——。
その時、ふと目に入ったのは、紫黒帝がいらっしゃるはずの駕籠。
御簾の向こう側で、微かに影が動くのが見えた気がした。
(ほれほれ。皆、今か今かと待ちわびておるようじゃぞ? そろそろ始めぬと、周囲もおかしいと感じ始めるのではないかのう?)
「うぅ……。わ、わかってるってば」
小声で白藤に返事をしつつ、私は心を落ち着かせるために深呼吸した。
そうよ。ここで弱気になっててどうするの?
みんなのために、やるって決めたんじゃない。
そして誰よりも、藤華さんと紫黒帝のために……!
「萌黄ちゃん」
「は、はいっ!」
「私が白藤に抱えられたら――体が宙に浮いたら、大げさに騒いでみてくれるかな? みんなの注目を、こっちに集めてほしいの」
萌黄ちゃんは小さくうなずいて、『はい。わかりました』とささやくように答えた。
……さあ、これからが本番。
リナリア・ザクセン・ヴァルダム、あなたは今日だけは女優。
そう、女優になりきるのよ――!
「白藤、お願い!」
(フムン。お安い御用じゃっ)
白藤の声が弾んでいる。なんだか、楽しんでいるように思えた。
彼は、私を後ろから抱きすくめるようにしてヒョイッと抱き上げると、一気に上空まで移動した。
「ひゃ――ッ!?」
かなりの高さまで体が持ち上げられたものだから、思わず悲鳴を上げてしまった。
……でも、これは演技じゃない。本当に驚いたからだ。
だって、ここまで上の方まで移動するなんて、聞いてなかったんだもの!
「きゃああッ! リ、リナリア姫殿下が――っ!」
萌黄ちゃんも驚いて声を上げる。同時に、周囲からもどよめきが起こった。
みんなには白藤が見えないから、私の体だけが浮かんでいるように見えているんだろう。
「リナリア姫殿下が! リナリア姫殿下のお体が浮かんでます! ど、どうしてこんな……!」
萌黄ちゃんの上ずった声が響いた。
すごく真に迫った演技で、ギョッとしてしまう。
ついでに『向こうの世界に行ったら、子役として成功できそう』なんて、チラッと思ってしまった。
「これは、いかがしたことだ……!? 何者かが、リナリアを連れ去ってゆく……!」
紫黒帝の声が、御簾の向こうから響いた。
彼の演技も、素人とは思えないような迫力があった。
白藤に抱え上げられ、私の体は宙に浮かんだまま、ゆっくりと陽景殿の出入り口へと向かっていく。
「帝! リナリア姫殿下が、神に連れ去られてしまいます!」
萌黄ちゃんが叫んだ瞬間、
「皆、急ぎ後を追うのだ!」
紫黒帝が号令をかけ、御簾が一気にめくられた。
その時、彼が立ち上がるのが見えたんだけど……表情は真剣そのもので、とても演技とは思えなかった。
(え……なんで? 萌黄ちゃんといい紫黒帝といい……どうしてそんな演技うまいの?)
感心を通り越し、呆れてしまっている間にも、私の体は陽景殿の入り口まで運ばれていく。
廊下を通り、さらに外へと向かっていくと、後ろから複数の足音が聞こえ、
「急げ! 神であろうと怯むでない! 必ずリナリアを取り戻すのだ!」
必死な様子の紫黒帝の声と、藤華さんの『帝の仰せのとおりです! 皆でリナリア姫殿下をお救いしましょう!』という声も聞こえた。
……よかった。
みんなちゃんと、ついてきてくれてるみたい。
とりあえずホッとしていたら、
(ほれ、ぼうっとするでない。藤の庭園に向かうぞ)
白藤の声が頭で響き、私はコクリとうなずいた。
私の体は廊下を抜け、庭園へと運ばれていく。
ここまできたら、もう後には引けない。
演技に集中して、なんとか最後までやり遂げなきゃ――!
覚悟を決め、私はギュッと目をつむった。