本番直前
神結儀が執り行われる陽景殿に着くと、すでに前回と同じくらいの出席者が集まっていた。
藤華さんはまだ準備中みたいで姿は見えなかったけど、紫黒帝はこの前と同じく、御簾の中で待機しているようだった。
「うぅ……。なんか緊張してきた」
これから始まる――ううん、始めなきゃいけない〝お芝居〟のことを考えていたら、軽く震えが走った。
武者震いとかではなく、ただの緊張だけど。
だってそりゃ、緊張もするってもんでしょ!
大勢の人の前で、〝神に乗り移られた演技〟をしなきゃいけないんだから!
白藤からお願いされたことは、蘇芳国側では紫黒帝と藤華さん、雪緋さん、萌黄ちゃんと千草ちゃんには、月禊前に伝えたし。
ザックス王国側の全員にも、これからやろうとしていることは報告してあるから、心細さはそこまでないにしても。
やっぱり、演技がね……。
演技しなきゃいけないってプレッシャーが、ハンパないのよ。
「要するに、恐山のイタコの口寄せ……みたいなことをしなきゃいけない、ってことよね?……ムリだわ~……」
思わずつぶやいてしまったら、
「リナリア姫殿下? オソレザン……イタコ……って、何のことですか?」
そう言って、萌黄ちゃんは不思議そうに私を見上げてきた。
「えっ?……あ、ううん。なんでもないの! こっちのことだから気にしないでっ?」
私は焦って首を左右に振った。
だって、元いた世界――日本の話だし。
わかってもらおうと思ったら、どれだけの時間を費やさなきゃいけないか、わかったもんじゃないし……。
うん。ここはどう考えても、サラッと流しちゃう方が賢明よね。
「えっと……それより萌黄ちゃんっ。今日の段取りは覚えてる?」
慌ててヒソヒソ声で他の話を振ると、萌黄ちゃんは自信あり気な顔つきで、こっくりとうなずいた。
「はい、もちろんです。藤華様の舞いが始まる前に、神様がリナリア姫殿下を後ろから抱き上げられて、外にお連れするんですよね。それから帝が『リナリアが何者かに連れ去られた! 皆、急ぎ後を追うのだ!』ってご誘導なさって……それをわたしたちが追っていく。追っていった先で、リナリア姫殿下が神のお言葉を皆にお伝えする――という段取りです。間違いございませんか?」
周囲に聞こえないように、やはり小さな声で萌黄ちゃんが答えると、わたしも応じてうなずく。
「そう、それで間違いないよ。……すごいね萌黄ちゃん。数日前、たった一度話しただけのことを、そこまで詳しく覚えてるなんて」
私より記憶力良いかも……なんて、つい感心して見つめてしまったら。
彼女は恥ずかしそうに頬を赤らめ、私から目をそらせるようにうつむいた。
「そ、そんなことありません。こんなの、どうってことないです」
それから再び顔を上げ、私を心配そうに見上げる。
「……それより、リナリア姫殿下はいかがなんですか? 神のお言葉を、うまくお伝えできそうですか?」
その言葉で最初の悩みを思い出し、私はガックリと肩を落とした。
「う、うん……。問題はそこなんだよね。私、嘘つくの苦手だし……。お芝居って要するに、大勢の前で自分じゃない誰かになりきらなきゃいけない……ってことでしょう? 一番苦手な部類なんだよね……」
なんだかもう、ため息しか出ない。
この場にいる人たちだけじゃなく、御所の、もっと多くの人たちに白藤の言葉を伝えるために、外に移動しなきゃいけない……ってのもなぁ。不安なんだよね。
みんなちゃんと、ついてきてくれるかな?――って。
「大丈夫ですよ、きっとうまくいきます! 帝も藤華様もいらっしゃるんですから。いざとなったら、きっとお二人が、良い方へお導きくださるはずです!」
頼りない私を励ますように、萌黄ちゃんは大きな声を上げた。
それからハッとしたように口元を両手で隠すと、チラチラと辺りを窺う。
「……申し訳ございません。わたし、つい……」
「ううん。私を励まそうとしてくれたんでしょう?……ありがとう。きっとできる、って気がしてきたよ」
笑ってお礼を言うと、萌黄ちゃんは顔を上げ、嬉しそうに微笑んだ。
するとそこに、藤華さんが以前の時と同じ服装で入ってきた。
「わあ……! やっぱりお美しいなぁ、藤華さん。……でも今日は、あの素晴らしい舞は拝見できないのよね……」
残念だけど仕方ない。
白藤はこの舞を、ただの〝奉納の舞〟にしようとしてるけど。
まだ、〝神の言葉〟は伝えてないんだもの。伝える前に舞ってしまったら、それは〝神と契りを結ぶ〟ための舞――ってことになってしまう。
「私はもう、あの舞は見られないのか……。いつかまた、呼んでもらえることがあったとしても……巫女姫は違う人になってるんだろうし」
これも、残念だけど仕方ない。
白藤はきっと、藤華さんと帝が結ばれるように、神結儀の意味を変えよう――って思ったに違いないんだから。
「白藤って、結局は〝良い神様〟だったのよね。……最初の頃、疑ったりして悪かったな」
しみじみ反省していると、
(まったくじゃ。そちは我のことを、さんざん言いおったからのう)
頭上で声が響いて、私はまたしても『ひゃ……っ!』と奇妙な声を上げる羽目になった。