本番当日
とうとうこの日がやってきてしまった……。
二度目の神結儀――私が白藤に乗り移られた体で、演技しなければいけない日が!
「ああ……もう、心配だよ~……。うまく演技できるかなぁ? みんな、私が白藤に乗り移られてるって、思ってくれるかなぁ?」
私は朝から憂鬱で。
支度を終えた後も、立ったり座ったりあちこち歩き回ったりと、一人でソワソワしていた。
「もう! 落ち着いてください、リナリア姫殿下! 神のお言葉を伝えるお役目なんて、すごく名誉なことなんですよ? 歴代の巫女姫様と言えど、そのようなお役目をおおせつかったお方は、初代のみだったそうですし……もっと自信をお持ちになってください!」
情けない私を見かねてか、萌黄ちゃんが発破をかけてくる。
私は『えッ!?』と声を上げ、その場でピタリと立ち止まった。
「それホントっ、萌黄ちゃん!? 初代の巫女姫は、『神のお言葉を伝える』なんてことしてたのっ!?」
急に立ち止まったことに驚いたのか、私にそこを訊ねられるとは思わなかったから、ギョッとしたのか――それはわからないけど。
萌黄ちゃんは大きい目をさらに大きくして、私の問いにコクコクとうなずいた。
「は……はい。そうお聞きしてます。初代の巫女姫は、もう何百年も前のお方らしいですけど……『神のお言葉を伝えるお役目』をになってらっしゃったって」
「へえ……そうなんだ?」
そっかそっか。
そういうことができた人って、今まで一人しかいなかったのか。
……あ。そう言えば。
前に白藤、お母様のこと『初代に次いで力の強い巫女姫じゃった』って言ってたけど。
そんなお母様でさえ、白藤の言葉を伝えることはできなかった……ってこと?
(それはちいと違うかのう)
「ひゃあッ!?」
いきなり耳元で声がして、私は妙な声を上げてしまった。
イラッとして横をにらみ付けると、いつものごとく、白藤がフ~ワフ~ワと浮かんでいた。
「ちょっと白藤っ! いるならいるでハッキリしてよ! 急に現れないでって、何度言ったらわかるの!?」
これまた何度言ったかわからない抗議をする私を、白藤は『まあまあ』と言った風に両手を挙げて。
(なんじゃなんじゃ、朝っぱらから騒がしいのう。そこまで大声を上げずとも聞こえておる。我を耳の遠い翁だとでも思うておるのかのう?)
「耳が遠いかどうかはわからないけど、何百年って生きてりゃ、そりゃ立派なおじいさんでしょ!……じゃなくて! 急に現れないでって言ってるの! わかった!?)
(うむうむ。わかったわかった)
「ムキーーーッ! ぜーーーったいわかってないでしょ白藤っ!?」
両手を握り締めながら文句を言っている途中、パカーッと口を開けている萌黄ちゃんが目に入った。
私は慌てて口をつぐみ、取りつくろうように笑ってみせる。
「あ……えっと……。ごめんね萌黄ちゃん、いきなり大声出して。今ね、ここに白藤――神様がいるの。急に現れてビックリしちゃったから、苦情を言ってただけなの。驚かせるつもりはなかったんだけど……」
「……神様が……。やはり、リナリア姫殿下には見えておいでなんですね! 神とお話もできるなんて、すごいです!」
お目々キラキラで見上げてくる萌黄ちゃんに、私は苦笑しつつもほっと胸をなで下ろした。
……うん。ようやく萌黄ちゃんも、理解してくれたみたい。
今までは、めーっちゃ胡散臭そうなものを見るような目で、ジトーって見られてただけだったもんなぁ……。
「うん、そうなの。今、神様と話してたの。……でもね? 千草ちゃんも見えるみたいよ、白藤のこと」
「えっ、千草も!?」
「そう。この前わかったんだばかりなんだけどね。話せるかどうかまでは、まだ確かめてないけど……見えてるのは確実みたいよ?」
「……千草が……神様を……」
萌黄ちゃんは心なしか青ざめて見えて、私は『あれっ?』となって訊ねた。
「千草ちゃんに神様が見えるの、もしかして……イヤ?」
「え……?……あっ、いいえ! 違うんです! イヤとかじゃなくて……っ」
萌黄ちゃんは左右に首を振り、訴えるような瞳で私を見つめる。
「イヤなわけじゃないんです。ただ……わたしは見えないのに、千草だけにそんな力があるのが……なんだか、あの……さびしいって言うか……。え、と……あの……そんな感じ、なんです……」
気持ちをうまく言葉に出来ないのか、萌黄ちゃんはもどかしそうに視線をさまよわせている。
……そっか。そうだよね。
同じ双子なのに、千草ちゃんだけに特別な力が芽生えちゃうのって……イヤって言うより、複雑って感じなんだろうな。
ずっと二人で一緒にいたのに、置いていかれそうで怖い……っていうのも、もしかしたらあるのかもしれない。
「……でもね、萌黄ちゃん? 千草ちゃんも、ずっとそんな気持ちだったのかもしれないよ?」
「えっ?……そんな気持ち……って?」
「今、萌黄ちゃんが抱いてる気持ち。……千草ちゃんね、いつも明るくて元気で仕事もテキパキこなせて、みんなから可愛がられてる萌黄ちゃんが、ずっと羨ましかったんだって。萌黄ちゃんにはできることが、どうして自分にはできないんだろうって……そんな風に感じてたみたい。それって、今の萌黄ちゃんの気持ちに似てない?」
「あ……」
すぐさま察してくれたようで、萌黄ちゃんは大きく目を見開いて、両手で口を覆った。
「……大丈夫。どんな力が芽生えたって、千草ちゃんは千草ちゃんだよ。いつまでも変わらない……大切な萌黄ちゃんのお姉さん。……そうでしょ?」
私が問いかけると、萌黄ちゃんは目をウルウルさせながら、『はい』と言ってうなずいた。