意味不明(?)な恋人
カイルを見たとたん思い出した。
そう言えば、〝白藤からのお願い〟を、彼には話してなかったな――ってことを。
――と言うか、どう説明すればいいのかわからなくて、まだ誰にも話せてないんだけど。
「姫様? いかがなさったのですか、私の顔をじっとお見つめになって……? お加減が優れないのですか?」
そう言って、カイルは隣に腰を下ろし、心配そうに私を覗き込んだ。
我に返った私は、
「う――、ううんっ、なんでもない! 調子が悪いとかそういうんじゃないから、安心してっ? ただ――」
慌てて否定したものの、再び〝どう話せばいいのやら〟問題が脳裏をかすめ、う~んとうなってしまった。
カイルはしばらく無言のまま私を見つめていたけど、私も同じく無言状態で頭を悩ませていると、
「――っ!」
ふいに、カイルが私の頬にキスしてきて。
「な――っ!……カ、カカ――っ、……カイルっ?」
心底驚いて、片手を頬に当てながら彼を見返してしまった。
彼はケロッとした顔で、小首なんてかしげている。
「……いかがなさいました? そのように目を見開かれて」
「い――……いかがなさいました、って……」
あんまり平然としているから、私は一瞬、『ん? 今のは幻覚? 錯覚?』と悩んでしまった。
すると、
「フフ。……申し訳ございません。何やら悩んでいらっしゃるご様子の姫様が、可愛らしすぎましたもので……つい」
などと言い、カイルはクスクス笑い出した。
「つ、つい――!? もうっ! 人が真剣に悩んでる時に、何してくれちゃってるのよっ?」
私は瞬間湯沸かし器になったかのように、一気に全身が熱くなった。
恥ずかしくて恥ずかしくて……ついでに彼の行動が意味不明すぎて、頭がこんがらがってしまう。
「悩んでる様子が可愛らしい――とかって、ワケわからないんだけどっ? いったいどーゆー思考回路してるのっ?」
思わず、抗議するように軽くにらみつけると、彼はキョトンとした顔で見つめ返してきた。
「え? わけがわからない?……姫様は可愛らしい人を見た時に、『抱き締めたい』『キスしたい』という感情を抱かれたことはないのですか?……本当に? 今まで一度も?」
まるで自分の感覚の方が正しいと主張するかのように、質問を投げかけてくる。
「う……! そ、それは――……」
身に覚えのあること――シリルやニーナちゃん、セバスチャンをハグしてしまったこと――が瞬時に思い浮かび、私はムググと詰まってしまった。
そんな私の反応に、彼は満足げにうなずいてみせる。
「やはり、ございますよね? 可愛いと感じた時に、抱き締めたい、キスしたいという感情に、突き動かされてしまったご経験が?」
「う……うぅ……。確かにある……けど……」
――悔しいけど、認めざるを得ない。
実際に経験があることについて、それでも『ない』と言い張る度胸なんて、私にはないんだから。
カイルはうんうんとうなずきつつ、
「それでは、私の先ほどの行動にもご理解いただけますね? 決して責められるようなことではないと、お認めいただけますね? ご自身の判断に誤りがおありになったと、ご納得いただけますね?」
ニコニコ顔で、おまけに早口で畳みかけてきて……。
ちょこっとだけ。ちょこっとだけだけど!
……彼に恐怖を抱いてしまった。
「どうかなさいましたか、姫様? もしや……私の言うことに、ご納得いただけなかったのですか?」
「ちっ、違う!……そうじゃ、ないけど……」
……納得する、しないの前に……ちょっと恐怖を感じてしまっただけよ……。
心でつぶやいてから、私は大きなため息をついた。
そして胸の前で片手を挙げると、
「……降参。降参します。『可愛い』と思った時に、思わず抱き締めたり頬ずりしたりしてしまったこと……私にもありました。確かにありましたっ。だから降参します。あなたの言ってることは、少しもおかしくありません!」
目をつむり、宣誓するかのようにキッパリと告げる。
降参宣言をした私に、カイルは再び満足げにうなずいた。
「とてもよくできましたね、姫様。ですが――」
彼は急に真剣な顔をして、私をじっと見つめてきた。
「何か、お悩みごとがあるのでしょう? よろしければ、私にお話しいただけませんか?……少しずつでも構いません。時間の許す限り、あなたに寄り添わせていただく用意はできております」
「……カイル……」
さっきまでとは打って変わった真摯な態度に、ジーンとしてしまう。
それで私も安心して、改めて〝白藤のお願い〟を話す気になれた。
「実はね。この前、白藤――この国の神様に、あるお願いをされたの」
「――お願い、ですか?」
「うん。そのお願いっていうのが――」
言いかけたその時、
「おーい、姫さん!」
聞き覚えのある声が聞こえ、私とカイルは同時に顔をそちらに向けた。
そこにはイサークと、少し後方からゆっくり歩いてくる先生の姿があった。
「イサーク、先生!……ヤダ。どうしたのイサーク? なんだか疲れ切った顔してるよ?」
イサークの顔を見たとたん、思わず首をかしげてしまった。
彼は猛ダッシュで近寄ってくると、
「ったりめーだろ! 何日も何時間も、何十何百ってぇ種類の木工細工作らせられてりゃ、こーゆー顔になるってんだ! 姫さんからもあいつに何か言ってくれよ! こっちに対する要求がありすぎて、もうヘトヘトなんだ、もっとたくさん休ませろ――ってな!」
矢継ぎ早にまくし立て、私とカイルから少しの間言葉を奪った。
「あー……そっか。そう言えば……数日、下に行ってたんだっけ? その……〝超絶技巧〟をマスターするために……?」
「そーだよ!……ったく。こちとら、いい迷惑だってんだ!」
ムッとした顔で腕を組むイサークを、曖昧な笑みを浮かべて見上げる。
すぐそこまで迫っている先生に、ふと視線を移すと、彼もムッとした顔つきに変わった。
これはマズいと焦った私は、
「そっ、そーだ二人とも! 今、カイルにも話そうとしてたところだったんだけど、ちょっと一緒に聞いてくれるっ!?」
一気に言い切り、有無を言わせぬ勢いで立ち上がった。