巫女姫に向き合って
紫鳳殿に着いたまではよかったんだけど、紫黒帝にはお会いできなかった。
拝謁の許可がどうの――といった話ではなく。
ただ、露草さんが亡くなられたという現実から未だ立ち直れず、誰かと会うことができる状態ではないのだそうだ。
「お気持ちはわかるけど……国主がそんな状態だと、政治とか経済とか、大丈夫なのかな?……まあ、優秀な役人さんたちが周りにたくさんいらっしゃるんだろうから、問題ないとは思うけど……。でも、心配だなぁ……」
ため息をつきながら、思わず声に出してしまったら。
「せい、じ……? けい……ざい?」
千草ちゃんが目をパチパチさせながら、可愛らしく頭を傾けた。
「あっ。――ううん、何でもないの! 千草ちゃんには関係ないことだから、気にしないでっ?」
焦って否定はしたものの。
本当に、どうしたらいいんだろう?
露草さんのことがショックだったのはわかるけど。
いつまでも落ち込んでいたら、藤華さんが心配する。
それに……露草さんだって。
「……うん。紫黒帝が無理なら、まずは藤華さんにお話しに行こうか。ね、千草ちゃん?」
「えっ?……あ、はいっ」
返事をしてから、千草ちゃんは緊張した様子でうつむいた。
……当然か。
あんなことをしてしまった後なんだし……。
それに、今は反省してるにしても、千草ちゃんにとって藤華さんは、〝敬愛する人の恋敵〟なんだもんね。
でも、藤華さんのことだもの。
こんな小さな子に、厳罰なんて求めないよ。
それに、千草ちゃんだって。
藤華さんがどんなに素敵で優しい人かわかれば、今すぐは無理でも、いつかは打ち解けられるんじゃないかな?
(……うん。そうなるといいな……)
そんなことを思いながら、私は引いている千草ちゃんの小さな手を、少しだけ強く握った。
「まあ、リナリア姫殿下。わたくしの様子を、見にいらしてくださったのですか?」
藤華さんは私と目が合うと、儚げに微笑んだ。
少しやつれたようにも見えて、ドキリとする。
ここのところ食欲がないようだと、女官さんたちが心配していたけど……。
「藤華さん、お顔の色が……。あの……お食事は、きちんとしてらっしゃいますか? 食欲がなかったとしても、無理にでも食べないと……ご病気になってしまいますよ?」
心配になって、思わず訊ねる。
彼女は『ええ』と小さくうなずき、
「わかってはいるのですけれど……。どうしても、気分がふさいでしまって。露草様がみまかられてからというもの、帝も朝夕のお務め以外、紫鳳殿にこもってしまわれているようですし……。わたくしなどより、よほど――」
そこで言葉を切ると、藤華さんは私の背に隠れるように立っている、千草ちゃんに目を留めた。
「あら、申し訳ございません。可愛らしいお供がご一緒でしたのね」
千草ちゃんに向かって、藤華さんは優しく微笑んだ。
「さあ、そのようなところに立っていないで、こちらへいらっしゃい。――リナリア姫殿下も、わたくしの隣にお座りくださいませ」
「――あ、いえ。私と千草ちゃんは、今日はここで」
そう言って千草ちゃんに目配せし、二人で藤華さんの前に正座した。
「えっ?……い、いかがなさいましたの? そのようなところにお座りになって……。リナリア姫殿下。いつものように、わたくしと同じ目線でお話してくださいませ」
困ったように眉根を寄せると、藤華さんは私と千草ちゃんを交互に見やった。
私は首を横に振って、
「いいえ。今日は、ただお話をしに来たわけではないので、こちらで失礼します。……千草ちゃん」
そっと隣に目を移し、心の準備はできているか確かめる。
彼女は私をまっすぐ見つめ、真剣な顔でうなずいた。
そして正面を向き、両手を前で揃えて、深々と頭を垂れる。
「まあ……! そのように改まって……。千草、あなたはいったい――」
「申し訳ございませんでしたっ!!」
「……え?」
いきなり大声で謝罪され、藤華さんは驚いたように目を見張った。
ますます困った様子で、私へと視線を投げる。
「突然お伺いして、驚かせてしまって申し訳ありません。ですが――どうか、千草ちゃんの話を聞いてあげていただけないでしょうか? 藤華さんも、すでにお気付きでしょうけど……彼女はどうしても、藤華さんにお話しておかなければ――謝罪しなければならないことがあるんです。彼女の口から、きちんと話させてあげてほしいんです。そうでなければ、彼女はずっと――これから先もずっと、辛い日々を送らなければならなくなるでしょうから」
「……リナリア……姫殿下……」
藤華さんは、私と千草ちゃんの間で視線をさまよわせ、しばらく戸惑った様子で沈黙していた。
だけど最後には、キリッと表情を引き締めて、
「承知いたしました。――千草、あなたの話を聞きましょう。気が済むまでお続けなさい」
最初の言葉は私に。次に千草ちゃんに顔を向け、優しい声色で先を促した。
千草ちゃんは『はいっ!』と返事すると。
自分のこと、露草さんのこと、そして――己の仕出かした数々の罪について、落ち着いた口調で話し始めた。