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大切な預かり物

 指先に触れた物の感触で、()()が何であるかを思い出した。


「あ! そーだ、これ――! 私、ギルに返さなきゃいけないものがあって」

「返さなければいけないもの、でございますか?」


 ウォルフさんの問いにうなずくと、私は()()を取り出すため、胸元のボタンに手を掛けた。

 そこで、ハッとなってウォルフさんを見上げる。


「ご、ごめんなさいウォルフさん。ちょっ、ちょっとだけ、後ろ向いててもらえますか?」

「は?……はい。かしこまりました」


 ウォルフさんが後ろを向いたのを確認してから、胸元のボタンを二つ外し、片手を差し入れる。

 内側の胸ポケットに、()()があるのを確認し、ホッと息をついた。


 大事な大事な預かりものだ。なくしたりしたら大変。


 私は()()を取り出して、そっと手のひらで包み込んだ。


「お待たせしました、ウォルフさん。もういいですよ」

「はい。それでは、失礼いたします」


 振り向いたウォルフさんの前に、両手を差し出す。

 僅かに首をかしげる彼に、よく見えるように鼻先まで近づけると、私は中のものを落とさないように注意しながら、そっと手を開いた。


「この指輪は――!……こちらはセレスティーナ様の……。ギルフォード様のお母上、セレスティーナ様の指輪でございますね?」

「はい。ギルが、私に持っていて欲しいって言って、私の護衛に預けて行ったそうなんです」

「……左様でございましたか」


 ウォルフさんは感慨深げに目を細め、しばらくの間、指輪をじっと見つめていた。

 それから私に目をやると、


「もしやリナリア様は……この指輪を、我が主に返したいと思われているのですか?」


 小首をかしげて訊ねられ、即座にうなずく。


「こんな大切なもの、私には受け取れません。……婚約を解消した今、受け取る資格もないと思いますし。だから――」

「私から、ギルフォード様にお返しせよと――つまるところ、そのようにおっしゃりたいのですね?」

「はい。……ずっと思ってました。ギルにお別れを告げてから、ずっと。お返ししなきゃいけないって。ホントは、会ったその日に返すつもりだったんですけど、機会を失くしてしまって」

「機会……」


 ポツリとつぶやき、ウォルフさんは静かに目を閉じた。

 一拍置いてから、再び開くと、


「リナリア様のお気持ちは、このウォルフ、しかと受け取らせていただきました。――ですが、その指輪をお預かりすることは、承諾いたしかねます。どうかお許しください」


 そう言って、深々と頭を下げた。


「えっ?……あ、預かれないって、どーしてっ?」


「その指輪は、持っている者を災いから遠ざける力があると、古くから言い伝えられております。それゆえに、ディガルア国王――セレスティーナ様の父君は、セレスティーナ様が我が国に嫁いでいらっしゃる時、その指輪を贈られたのでしょう。そして、その指輪にどういった意味があるかは、我が主も、当然ご存知でいらっしゃったはずです。――とすれば、我が主がどのようなお気持ちで、その指輪をリナリア様にお贈りになられたか、ご理解いただけたかと存じます。……つまるところ、その指輪は、我が主があなた様を想うお心、そのものなのです。そのお心を、私などが気安くお預かりし、持ち帰る訳には参りません」


「でもっ! これは、ギルのお母様の形見の品でもあるんでしょう? だったら、そんな大切なもの……私なんかが持ってちゃ、ダメじゃないですか!……私は、ギルを傷付けた。そんな私が、ギルのお母様の形見の品を預かるなんて、出来っこない! これは、ギルが持ってるべきものでしょう? ギルのお母様だって、常に彼が幸せでいられるようにって……そう願って、指輪を贈ったんだと思うし……。だから、お願いですウォルフさん。どうかこれを、ギルに返してあげてくれませんか?」


 重ねてお願いしても、ウォルフさんは、首を縦に振ってはくれなかった。


「ウォルフさん!」

「申し訳ございません、リナリア様。何度お願いされましても、それだけは、お断りさせていただきます。――それでも、どうしても指輪は預かれないとおっしゃるのでしたら、ご自分で直接お返しください」


「え……。私が、直接ギルに……?」

「はい。そうしていただくより他にございません。どうかご理解ください」


「……ウォルフさん」


 私は少しの間うつむき、考え込んだ。



 確かに、ギルからもらったものを、彼の許可なくウォルフさんに預けて、『返しておいて』だなんて、勝手過ぎるお願いだったかも知れない。



 私きっと、心のどこかで逃げてたんだ。

 ギルが傷付くところは見たくない――なんて言って、ホントは一番、自分が傷付くのが怖かった。



 ……ダメだよね、逃げちゃ。

 ギルを傷付けちゃったのは私なんだから、ちゃんと自分で責任取らなきゃ。人に押し付けたりしちゃいけないんだ。



 そーよ。

 もう一度だけギルに会って、自分でこの指輪返そう。そして今度こそ、本当の意味でお別れを言うんだ……。



「――わかりました。ワガママ言ってごめんなさい。この指輪は、次にギルに会う時まで……大切に、お預かりしておきます」


 キッパリ告げた後、ウォルフさんは優しく微笑んで――……くれたような気がしたのは、きっと、私の思い違いじゃない……よね?

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