お説教はまた後で
私が千草ちゃんの肩を抱いて支えながら部屋を出ると、待ち構えていたカイルと萌黄ちゃんが駆け寄ってきた。
「千草! 体はもう大丈夫なのっ?」
心配そうに見つめる萌黄ちゃんに、千草ちゃんは視線を落として答える。
「うん……。もう大丈夫。心配かけてごめんね、萌黄」
「わたしのことなんてどうでもいいよ!……それより、わたしこそごめんね? 今、ヒスイから話を聞いたの。千草がそんなに追い詰められてたなんて……わたし、全然気付かなくて……。ごめんね、ほんとにごめん――!」
そう言って、萌黄ちゃんはポロポロと涙をこぼした。
千草ちゃんは首を横に振って、胸元をギュッとつかむと。
「ううん! 萌黄が謝ることなんてないの! わたしが――っ!……わたしが、弱かっただけ。明るくて、お務めもじょうずにできて、周りから可愛がられて……そんな萌黄が、うらやましくて……。心が、真っ黒になっちゃってたの。私を受け入れてくださるのは、認めてくださるのは、露草様だけだって勝手に思い込んで……。萌黄にも、さびしい思いさせちゃったよね? ごめんね、たった一人の妹なのに……。いつの間にか、露草様だけがいてくださればいいって……他の人なんかいらないって、思うようになってたの。萌黄、あなたのことも……」
「千草……」
萌黄ちゃんは、しばらく目を見開いたまま固まっていた。
千草ちゃんに言われたことが、やはりショックだったんだろう。
一瞬の沈黙が流れた後、うつむいてしまっている千草ちゃんを、彼女は思い切り抱き締めた。
「も――っ、……もえ、ぎ……?」
驚いて目を見張る千草ちゃんを、萌黄ちゃんは、さらに強く抱き締めて。
「いいの! 千草がいらないって言ったって、わたしには千草が必要なんだから! 嫌われたって一緒にいる! これからだってずっとずーーーっと、千草はわたしの大切な……姉上なんだからっ!!」
「も……えぎ……」
千草ちゃんは再び涙を流し、震える手で萌黄ちゃんの背中をさすりながら抱き締め返した。
堅く抱き合う二人を前に、私とカイルは、そっと目配せして安堵の微笑みを交わした。
しばらくして、千草ちゃんは優しく萌黄ちゃんを体から離すと、
「わたし……行ってくるね」
そう告げて、ニコッと微笑んだ。
「……行く? 行くって、どこへ――?」
不安そうに片手を胸に当て、萌黄ちゃんは千草ちゃんの顔を見つめる。
千草ちゃんは、そんな萌黄ちゃんの肩に手を置き、小さくうなずいた。
「大丈夫、心配しないで? リナリア姫殿下が、一緒に行ってくださるって。ずっとわたしの側にいるからって、約束してくださったの。だから……帝と藤華様に、わたしのしたこと……ぜんぶお話してくる」
「ぜんぶって……まさか――!」
萌黄ちゃんはハッとしたように目を見張った。
千草ちゃんの肩を両手でつかみ、真っ青な顔で揺さぶる。
「ダメ! ダメよ千草、そんな――っ!……藤華様はともかく、帝になんて全てお話したら、どんなヒドいことされるかわからないわっ! ダメッ!! ぜったいダメよ千草ッ!!」
「……も……萌黄ちゃん……」
少し離れたところで二人のやり取りを見ていた私は、思わずつぶやいた。
……今の言葉で、萌黄ちゃんが紫黒帝のことをどう思ってるか、わかっちゃった気がするなぁ……。
でも……どうしてここまで怖がられて、信頼されてないんだろう? 以前、何かあったのかな……?
苦笑いしながら近付くと、私は二人の肩に片方ずつ手を置いた。
「大丈夫よ、萌黄ちゃん。あなたが思ってるほど、帝は怖い人じゃないから。ちょっとワガママなところはあるけど、優しくて……誰よりも、あなたの大好きな藤華さんのこと、大切にしてらっしゃるんだから」
「……は……?」
萌黄ちゃんは『それ、誰のこと言ってるの?』とでも言いたげな、怪しむような目つきで私を見上げた。
私は再び苦笑して、
「え~……っとぉ……。と、とにかく! ここは私に任せてくれないかな、萌黄ちゃん? あなたの大事なお姉さんを、きっと守り抜いてみせるから!」
私は大きく胸を張り、片手でバン! と叩いてみせた。
萌黄ちゃんは、それでもまだ、疑いの目つきで見てたけど……。
やがて大きなため息をつき、両手を腰に当てて私をにらむように見つめた。
「……わかりました。ここはリナリア姫殿下にお任せします」
「ホント!? ありがとう、萌黄ちゃ――っ」
嬉しくて、両手を広げて抱きつこうとしたら、ひらりとかわされ、
「ですが! もし、千草に何かあったら……その時は、たとえリナリア姫殿下であらせられましても、ぜぇえええーーーーーったい、許しませんからねっ!?」
ビシッと私を指さして、宣言されてしまった。
「萌黄! いくら子供とは言え、ザックス王国第一王位継承者であらせられるお方に対し、あまりにも無礼すぎるぞ!」
カッとなったカイルが、萌黄ちゃんを叱ろうと、ツカツカと歩み寄ってくる。
私は慌てて割って入り、必死に彼を押し留めた。
「お――、落ち着いてカイル! 私は全然平気だから!……こ、こんな小さな子供の言うことに、そこまで本気にならなくても……」
「いいえ! 子供であろうと大人であろうと、礼儀はきちんと尽くさなくてはなりません! 帝の前でもこのような態度を取ってしまったら、悪く思われるのは萌黄を預かっていらっしゃる藤華様なのですよ!? 甘やかしてはなりません! この子のためにもならない!」
「あぁ……う~……。それは、確かにそうなんだけどぉ……」
本気お怒りモードのカイルを前に、たじたじになりながら……右に左に体を移動し、私は伸ばされたカイルの手から、萌黄ちゃんを守り続けた。
萌黄ちゃんも私の背を盾にして、ちょこまかと彼の手から逃れる。
ようやく諦めたのか、カイルは伸ばしていた手を引っ込めて腕を組み、ゆるゆると首を横に振った。
「……まったく。姫様はお優しすぎます。子どもと言えど――いえ、子供であるからこそ、教育は必要なのですよ? そこのところを、もう少しおわかりいただきませんと――」
今度はお説教モード発動のカイルに背を向け、私は素早く千草ちゃんの手を取って駆け出した。
「あ――っ! 姫様! まだお話は終わってませ――」
「話は後で聞くからっ! じゃあね、カイル! 萌黄ちゃんをよろしくーーーっ!」
まだ後ろで何やら叫んでいるカイルを、一切振り返ることなく。
私は千草ちゃんの手を引いて、紫黒帝の住居である紫鳳殿に向かって走り続けた。