思わせぶりな神と赤面する恋人
白藤が眠っている間に起こったことを、私は泣きじゃくりながら彼に伝えた。
全て聞き終えると、白藤は大きなため息をつき、
(……そうじゃったか。我が眠うておる間に、帝とやらの正室がのう……)
ボソリとつぶやくと、そっと私の頭に手を置く。
(その……正室の露草とやらも、長らく気の毒じゃったのう。あのような狭いところで、ろくに外にも出られぬまま……逝かねばならなかったのじゃからな。あの者を慕っておった女の童も、さぞや辛かろうて。……目覚めぬというのも、露草とやらがもうどこにもおらんことを、うすうす察しておるからかもしれんのう……)
「……え?」
白藤の言葉が引っ掛かって、私は涙でグシャグシャになった顔を上げた。
「露草さんがもうどこにもいないって……千草ちゃんが、うすうす気付いてるって言うの? 彼女が気を失う前までは、確かに生きていらっしゃったのに?」
まさかと思いながら、白藤をまっすぐ見つめる。
彼は無言のままうなずいて、肯定の意を示した。
「え……どうして? なんでそんな風に思ったの?」
「……さあのう。我も遠い昔に、似たようなことがあったからかもしれんのう」
「えっ?……似たようなこと、って……それ、どういうこと?」
まさか……。
もしかして白藤も、大切な人を失って……眠ったまま、『目覚めたくない』って思った経験が……あるの?
大切な人の死を、確かめるのが怖くて……認めるのが怖くて……ずっと、眠ったままだったことがあったの?
「ねえ、白藤。昔って、ど――」
「姫様! こちらにいらっしゃったのです――っ、か……」
私に向かって走ってきていたカイルの足が、少し手前で止まる。
訝しむように私の顔をじっと見つめた後、再び走り出して、
「姫様っ、そのお顔は……! お一人で、泣いていらっしゃったのですか?」
私の目の前まで来ると、両手をそっと肩に置いた。
……ううん。
一人じゃなくて、白藤もいるけど……。
説明しようと口を開きかけたものの、『カイルには見えないんだから、言っても仕方ないか』と思い直す。
「え、と……。うん、ごめんね? 露草さんのこと、思い出しちゃって……」
まだ濡れている頬を、慌てて両手でぬぐう。
カイルは、辛そうに顔をゆがめたと思ったら、
「姫様――っ!」
力強く私を抱き締め、頭にそっと頬ずりした。
「カ――っ、……カイル? あの……どうしたの?」
いきなりの展開にビックリして、体が硬直した。
「カイル? えっと……」
どうしていいかわからず、私はただ顔を熱くしていた。
彼はしばらく私を抱きしめていたけど、やがてゆっくりと腕をゆるめ、顔を覗き込んできた。
「……申し訳ございません。姫様がお一人で泣いていらっしゃったのかと思ったら、たまらなくなって……」
カイルの目には、深い心配の色が浮かんでいた。
……それにしても。
私たちが気持ちを確かめ合ってから、彼は以前よりストレートに、感情を表すようになった気がする。
イヤなわけじゃないけど……もちろん、嬉しいんだけど。
誰に見られているかわからないような場所で、こうして突然抱き締められると……正直、困ってしまう。
「ごめんね、心配掛けちゃって。でも、もう大丈夫だから。私なんかより紫黒帝や藤華さん、千草ちゃんの方がよっぽど――」
言い掛けて、ハッとして視線を斜め上に向ける。
白藤がニヤニヤしながら、私たちを見下ろしているのが目に入った。
「もう! 何ニヤニヤしてるのよっ?」
カッとなって、思わず文句を言うと。
カイルは目を丸くした後、急に辺りを窺い出した。
「えっ?……も、もしかして……神がおわすのですか? こちらに?」
抱き合っているところを神に見られたと思い、恥ずかしくなってしまったんだろう。
カイルの頬が、ほんのりとピンク色に染まっている。
「ああ……うん。実はそうなの。ごめんね、黙ってて。どうせ見えないだろうから、伝える必要もないかと思って……」
「そ、そんな――! 困ります、姫様。そのようなことは、前もって伝えておいてくださらないと――」
カイルは顔どころか、今や耳や首の方まで真っ赤だ。
……危ない。
あのまま私が流されていたら、彼はもっと……なことまで、しようとしていたのかもしれない。
――するとそこに、
「リナリア姫殿下! リナリア姫殿下ぁっ!!」
萌黄ちゃんが、息を切らして駆け寄ってきた。
その表情には、喜びと不安が入り混じっているように見える。
「萌黄ちゃん? どうしたの、そんなに慌てて?」
「千草が! 千草が目を覚ましたんです! でも……っ」
その言葉に、私とカイルは顔を見合わせた。
「……でも?」
「取り乱してるんです。誰の言うことも聞かなくて……。ただ、露草様のお名前を繰り返し呼んで……」
その言葉を聞いたとたん、私は萌黄ちゃんと千草ちゃんの部屋を目指し、走り出していた。
カイルも私を追い、白藤も空中に浮かんだまま、静かに後をついてきているようだった。
……どうしよう。
露草さんの死を知って、また千草ちゃんが動揺して、どこかに火をつけちゃったりしたら……。
しかも、今度はたくさんの人の目があるところで、あの力を使ったら……。
もう、何もかもごまかせなくなってしまう。
それだけは、なんとしても阻止しなきゃ――!
千草ちゃんを命懸けで守った露草さんのためにも。
絶対に間に合わせなければと、私たちは必死に走り続けた。