表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
206/251

思わせぶりな神と赤面する恋人

 白藤が眠っている間に起こったことを、私は泣きじゃくりながら彼に伝えた。

 全て聞き終えると、白藤は大きなため息をつき、


(……そうじゃったか。我が眠うておる間に、帝とやらの正室がのう……)


 ボソリとつぶやくと、そっと私の頭に手を置く。


(その……正室の露草とやらも、長らく気の毒じゃったのう。あのような狭いところで、ろくに外にも出られぬまま……逝かねばならなかったのじゃからな。あの者を慕っておった女の童も、さぞや辛かろうて。……目覚めぬというのも、露草とやらがもうどこにもおらんことを、うすうす察しておるからかもしれんのう……)


「……え?」


 白藤の言葉が引っ掛かって、私は涙でグシャグシャになった顔を上げた。


「露草さんがもうどこにもいないって……千草ちゃんが、うすうす気付いてるって言うの? 彼女が気を失う前までは、確かに生きていらっしゃったのに?」


 まさかと思いながら、白藤をまっすぐ見つめる。

 彼は無言のままうなずいて、肯定の意を示した。


「え……どうして? なんでそんな風に思ったの?」


「……さあのう。我も遠い昔に、似たようなことがあったからかもしれんのう」


「えっ?……似たようなこと、って……それ、どういうこと?」



 まさか……。


 もしかして白藤も、大切な人を失って……眠ったまま、『目覚めたくない』って思った経験が……あるの?


 大切な人の死を、確かめるのが怖くて……認めるのが怖くて……ずっと、眠ったままだったことがあったの?



「ねえ、白藤。昔って、ど――」


「姫様! こちらにいらっしゃったのです――っ、か……」


 私に向かって走ってきていたカイルの足が、少し手前で止まる。

 訝しむように私の顔をじっと見つめた後、再び走り出して、


「姫様っ、そのお顔は……! お一人で、泣いていらっしゃったのですか?」


 私の目の前まで来ると、両手をそっと肩に置いた。



 ……ううん。

 一人じゃなくて、白藤もいるけど……。



 説明しようと口を開きかけたものの、『カイルには見えないんだから、言っても仕方ないか』と思い直す。


「え、と……。うん、ごめんね? 露草さんのこと、思い出しちゃって……」


 まだ濡れている頬を、慌てて両手でぬぐう。

 カイルは、辛そうに顔をゆがめたと思ったら、


「姫様――っ!」


 力強く私を抱き締め、頭にそっと頬ずりした。


「カ――っ、……カイル? あの……どうしたの?」


 いきなりの展開にビックリして、体が硬直した。


「カイル? えっと……」


 どうしていいかわからず、私はただ顔を熱くしていた。


 彼はしばらく私を抱きしめていたけど、やがてゆっくりと腕をゆるめ、顔を覗き込んできた。


「……申し訳ございません。姫様がお一人で泣いていらっしゃったのかと思ったら、たまらなくなって……」


 カイルの目には、深い心配の色が浮かんでいた。



 ……それにしても。

 私たちが気持ちを確かめ合ってから、彼は以前よりストレートに、感情を表すようになった気がする。


 イヤなわけじゃないけど……もちろん、嬉しいんだけど。

 誰に見られているかわからないような場所で、こうして突然抱き締められると……正直、困ってしまう。



「ごめんね、心配掛けちゃって。でも、もう大丈夫だから。私なんかより紫黒帝や藤華さん、千草ちゃんの方がよっぽど――」


 言い掛けて、ハッとして視線を斜め上に向ける。

 白藤がニヤニヤしながら、私たちを見下ろしているのが目に入った。


「もう! 何ニヤニヤしてるのよっ?」


 カッとなって、思わず文句を言うと。

 カイルは目を丸くした後、急に辺りを窺い出した。


「えっ?……も、もしかして……神がおわすのですか? こちらに?」


 抱き合っているところを神に見られたと思い、恥ずかしくなってしまったんだろう。

 カイルの頬が、ほんのりとピンク色に染まっている。


「ああ……うん。実はそうなの。ごめんね、黙ってて。どうせ見えないだろうから、伝える必要もないかと思って……」


「そ、そんな――! 困ります、姫様。そのようなことは、前もって伝えておいてくださらないと――」


 カイルは顔どころか、今や耳や首の方まで真っ赤だ。


 ……危ない。

 あのまま私が流されていたら、彼はもっと……なことまで、しようとしていたのかもしれない。



 ――するとそこに、


「リナリア姫殿下! リナリア姫殿下ぁっ!!」


 萌黄ちゃんが、息を切らして駆け寄ってきた。

 その表情には、喜びと不安が入り混じっているように見える。


「萌黄ちゃん? どうしたの、そんなに慌てて?」


「千草が! 千草が目を覚ましたんです! でも……っ」


 その言葉に、私とカイルは顔を見合わせた。


「……でも?」


「取り乱してるんです。誰の言うことも聞かなくて……。ただ、露草様のお名前を繰り返し呼んで……」


 その言葉を聞いたとたん、私は萌黄ちゃんと千草ちゃんの部屋を目指し、走り出していた。

 カイルも私を追い、白藤も空中に浮かんだまま、静かに後をついてきているようだった。



 ……どうしよう。

 露草さんの死を知って、また千草ちゃんが動揺して、どこかに火をつけちゃったりしたら……。

 しかも、今度はたくさんの人の目があるところで、あの力を使ったら……。


 もう、何もかもごまかせなくなってしまう。

 それだけは、なんとしても阻止しなきゃ――!



 千草ちゃんを命懸けで守った露草さんのためにも。

 絶対に間に合わせなければと、私たちは必死に走り続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ