暗く沈んだ御所
露草さんのご遺体は棺に納められ、輿に乗せて寺院まで運ばれた。
この国では、今のところ葬儀のようなものはないのだそうだ。
ただ、運ばれた寺院で、僧侶による儀式は行われるとのことだった。
ご遺体は火葬され、御所から遠く離れた場所にあるという、お墓まで運ばれる。
私たちが彼女にしてあげられることは、もう何もないように思えた。
露草さんが息を引き取ったあと。
御付きの人たちは、『穢れが移るから』と言って、早く二人を引き離そうと焦っていた。
死者や病人は〝穢れ〟とされていて、特に帝には近付けさせたくないのだそうだ。
それでも紫黒帝は、それには一切取り合わず、ずっと押し黙ったまま、露草さんを抱き締め続けた。
いつまでもそうさせておくわけにも行かないと判断したのか、御付きの人たちは強引に二人を引き離した。
露草さんは、呼び寄せられた僧侶二名の手により、木製の担架のようなものに乗せられ、いずこかへと運ばれていった。
その間も紫黒帝は、
「離せっ!! ええい、離さぬか!!――露草! 露草ぁあああーーーーーッ!!」
流れる涙を隠そうともせず、半狂乱のようになりながら……露草さんの姿が見えなくなるまで、叫び続けていた。
私と藤華さんは、彼に掛ける言葉も見つけられないまま、ただただ沈黙して、涙を流し続けることしかできなかった。
あの悲しい別れの日から、数日が過ぎた。
紫黒帝は居室にこもりきりで、聞くところによると、食事もろくに採っていないという。
藤華さんも同様に食欲がないらしく、女官さんたちに『ご病気になるのも時間の問題』と心配されているほどだ。
御所中が悲しみに満ち、暗く沈んでいた。
……露草さんの死だけではなく。
紫黒帝や藤華さんに対する懸念、全焼してしまった月花殿の再建、一部の床が燃え焦げてしまった流麗殿の修繕、次の正室はどうするかなど――その他もろもろのことで、役人さんや女官さんたちの悩みも、尽きることがなさそうだった。
――一方、千草ちゃんはと言うと――。
彼女は倒れた日から、ずっと眠ったまま。
萌黄ちゃんが傍につきっきりで看病してるけど……。
残念ながら、今のところ目覚める気配はない。
千草ちゃんがしてしまったことは、萌黄ちゃんには話していない。
ただ、『露草さんの寿命が尽きそうだと教えられたとたん、倒れてしまった』とだけ伝えてある。
だから、倒れたまま目覚めない千草ちゃんを前に、
「どうして!? なんで千草が、こんな目にあわなきゃいけないの!? 千草が何したっていうの……っ!?」
悔しそうに、膝の上でギュッとこぶしを握って、ポトポトと涙をこぼしていた。
……萌黄ちゃんにも、真実を教えるべきなのかどうか……私は今でも迷っている。
何度も話そうとして、彼女の傍まで行ってはみたけど。
眠ったままの姉の前で、小さな肩が震えているのを目にすると、いつも、何も言えなくなってしまって……。
……ダメだな、私。
結局、露草さんからお願いされた、『リア様を襲ったのは、わたくしの意思だったと』いうことにしてほしい――って願いも、叶えてあげられてないし。
――でも。
私が何も言わなくても、紫黒帝と藤華さんには、真実がわかってるんじゃないかって……。
露草さんの気持ちは、ちゃんと伝わってたんじゃないかって……そんな気がするんだ。
露草さんなら、きっとそうするだろうって。
二人なら、感じ取れてるような気が……。
私の勝手な願望――ううん、希望……なのかもしれないけど。
(フムン? いかがしたのじゃ、リナリアとやらよ。妙に沈んでおるのう?)
「――えっ?」
ハッとして顔を上げると、白藤がふぁあ~っと大あくびをしていた。
「白藤!……もうっ、何よ今頃!? こっちはいろいろ大変だったんだからね!? 肝心な時にいてくれないなんて、神様失格よ、失格っ!!」
思わず指差して、文句を言ってしまったら。
彼はキョトンとした後、不機嫌そうに口をとがらせた。
(仕方ないじゃろう? 大きな力を使った後は、眠ぅて眠ぅてしようがなくなるんじゃ。これも全て、そちが、急に『火を消せ』などと言うてきたのが原因じゃろうが)
「う――っ」
その通り(でも『火を消せ』なんて、そんな偉そうには言ってない!)だから、私はムググと詰まってしまった。
……うん、そう。
急に無理を言って、白藤の体力を消耗させてしまったのは、私なんだから。
指差して『肝心な時にいてくれない』なんて、文句言える筋合いじゃなかったんだわ……。
反省した私は、即座に白藤に謝った。
彼は『まあ、そこまで怒ってはおらんがのう』と言って、私の顔を覗き込んだ。
(――で? いかがしたのじゃ? 少々、目が腫れておるようにも見えるがのう?……泣いておったのか?)
「なっ、泣いてなんか――っ」
キッとにらんで、『泣いてない』と主張しようとしたとたん。
私の両目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
(……ほれ、やはり泣いておったのじゃろう?……話してみよ、我がおらぬうちに何があったのじゃ?)
小さな子供に話し掛けるような、優しい声。
それに釣られるように、涙が次々に流れ出す。
「しら……っ、……しら、ふじぃぃ……。つ、露草さんが……っ、露草さんがぁ~~~……」
溢れ出る涙を、両手で何度もぬぐいながら。
父親の前の幼い娘みたいに、私は恥ずかしげもなく泣きじゃくった。