過激なヤキモチの末に
私って、やっぱりイサークや先生が言う通り、お気楽人間なのかもしれない。
だって……。
数日の間に、驚きの出来事が次から次へと起こったから……って言ってもよ?
普通、殺されそうになったことを忘れる?
しかも、ほんの数日前のことを……まともな神経の持ち主なら、忘れたりなんかしないよね?
……でも、私は忘れてた。
すーーーっかり、記憶から抜けちゃってた。
たった数日前に起こった、恐怖体験だったっていうのに。
……ダメだ。
私ってホントに……人として、何か足りてないのかもしれない……。
(あの……リア様?……いかがなさいましたの?)
ズズンと落ち込んでいる最中。
私は、露草さんの心配そうな声で我に返った。
(あ……。ご、ごめんなさい! ちょっとボーッとしちゃってました!)
まさか、『殺されそうになったことすら忘れてた自分に、思いっきり絶望してました』なんて、言うわけには行かない。
私は慌てて謝って、露草さんに話の続きを促した。
露草さんは、まだ少し心配そうな様子だったけど。
ほんの少しの沈黙の後、また静かに語り出した。
(あの日、わたくしは……今度こそ、夢を見ているのだと思っておりましたの。……そう思いましたのも、いつもの夢とは少し、様子が違っていたからですわ。いつもの夢――わたくしが千草の体を借りて動いております時は、思うように動けておりましたの。ですのに……あの日に限っては、千草の体に入っている感覚はございますものの、少しも思うようには動けなかったのです。ただ、千草の目を通して、周りはよく見えておりました)
(それはつまり……千草ちゃんの体を借りてる時は、思うように動けてたはずなのに……その日だけは、千草ちゃんの中に入ってる感じはするものの、自分の思うように行動できなかった。体だけが勝手に動いていた――ってことですか?)
(はい、おっしゃるとおりですわ。……その時、わたくし思いましたの。わたくしが千草の体を借りて、思うように動けておりましたのは……その時だけ、千草が己の意識を手放してくれていたからなのだと)
(……意識を、手放す……?)
(ええ。――考えてみてくださいませ。わたくしの意識が千草の体に入っております時でも、あの子の意識はそこにあるのです。つまり……ひとつの体の中に、ふたつの意識が存在しているということですわ。そうすると――どうなるとお思いになられます?)
(――えっ?……あ……ええっと……)
いきなりの問い掛けに、私が思い切りまごついていると、
(わたくし……取り合いになると思いますの)
露草さんは、確信めいた口調で告げた。
(取り合い?)
(ええ……。体の奪い合い、とも申せますかしら。そうなるのが通常だと思いますの。けれど……千草は取り合いをしようとはせず、いつも、わたくしに体を譲ってくれていた。ですからわたくしは、千草の中に入っている時も、自由に体を動かせていたのですわ)
(ふぁ~……、なるほど。そういうことですか……!)
私は納得してうなずいた。
そんな私を、紫黒帝と藤華さんは、不思議そうにしげしげと見つめている。
……うん。まあ……無理ないよね。
二人には、露草さんと私の声は届いてないんだから……。
(けれど……あの日に限って千草は、わたくしに体を譲ってくれなかったのです。戸惑っていると……急に、千草の想いがわたくしに流れ込んできて……)
そこで露草さんは、辛そうに眉根を寄せた。
千草ちゃんはその時、次のようなことを思っていたそうだ。
(許せない……許さない! 露草様を悲しませる人は、みんなみんな許さない……ッ!!)
(露草様というお方がいらっしゃるのに、藤華様のことばかり考えていらっしゃる帝も、絶対に許さない!! 露草様を苦しめ続ける藤華様も許さないッ!!)
(そして……帝に目をかけてもらってる異国の姫もッ!!……なによっ、萌黄と楽しそうにして!! 萌黄はわたしの妹なんだから……なれなれしくしないでッ!!)
「ええッ!?……私ぃ!?」
うっかり声を上げてしまい、慌てて両手で口元を覆った。
紫黒帝と藤華さんは、ギョッとしたように目を見開いている。
……う……マズい。
いきなり自分の名前が出てきたもんだから、ビックリしちゃって、つい……。
でも……そっか、知らなかった。
どうして私まで狙われたの?……って、ずっと疑問だったんだけど。
……そっか。
嫉妬――ってか、ヤキモチみたいなものだったのか……。
……そう言えば。
千草ちゃんに、陰からジーーーっと見られてたことがあったっけ……。
あれはそういうことだったのねと、改めて納得した私は、うんうんと何度もうなずいた。
露草さんを強く慕うあまり、千草ちゃんは、紫黒帝と藤華さんに憎しみを抱くようになってしまって――。
お母様の娘だからと帝に目を掛けてもらってるばかりか、妹の萌黄ちゃんとも楽しそう(?)にしてる私が、許せなかった……と。
だから千草ちゃんは、まずは私を手に掛けようとしたのか。
……けど。
それで首を絞めようとする……って、アリなの?
ハァ~~~……。
なんとも過激なヤキモチだなぁ……。
めまいがしてきた私は、ため息をつきつつ片手でひたいを押さえた。