正室の打ち明け話
露草さんが千草ちゃんに秘密を打ち明けて以降、二人の距離は急速に縮まって行った。
妹の萌黄ちゃんと比べられ、仕事もテキパキこなせない千草ちゃんは、いつも孤独を抱えていた。
自分を好きになれず、周囲とも打ち解けられず、どんどん内にこもるようになって行った。
一方、露草さんもまた、常に孤独だった。
生まれつき病弱で、床に伏せる日々。誰かの手を借りなければ、生きることすらできない。
そんな自分が、みじめで仕方がなかったのだという。
大きな孤独を抱える二人は、まるで本当の姉妹のように、互いを必要とするようになった。
――それは、決して悪いことじゃない。
仲が良いのは喜ばしいことだし、お互いを大切に思う心は尊い。
……だけど。
二人の場合、その度合いがあまりにも強すぎた。
まるで一心同体のように、過剰に同調しすぎて――。
いつしか露草さんは、千草ちゃんの体を借りて、外に出られるようになっていたのだ。
〝体を借りる〟とは、つまり、露草さんの意識だけが千草ちゃんに憑依する――そんな感覚らしい。
当初、露草さん自身は、それを〝ただの夢〟だと思っていたという。
千草ちゃんの足で歩き、走り、彼女の目で世界を眺める。
野の花、木立、青空。風の匂い、土の感触。
その全てが、生まれた時から寝たきりだった露草さんにとっては、新鮮で、胸の躍る体験だった。
眠るのが楽しみになり、横になっていることすら苦ではなくなった。
『今日はどんな夢が見られるのだろう』『何ができるだろう』と思うと、毎晩胸が高鳴ったそうだ。
そんなある日。
何気なく千草ちゃんの様子を眺めていた露草さんは、ある異変に気が付いた。
彼女の腕や足が、擦り傷だらけだったのだ。
露草さんは心配になって、『その傷はどうしたのですか?』と訊ねた。
千草ちゃんはニコリと笑い、『なんでもありません。これくらい平気です』と答えた。
気にはなったそうだけど、あまりにも自然に笑うので、その時は深く追及しなかった。
――けれど、それ以降。
露草さんは、千草ちゃんの様子を注意深く観察するようになり、次第に『妙だ』という感覚が強まって行った。
ある日は、一日に何度もうつらうつらし、失敗を繰り返して女官に叱られていた。
またある日は、『夜遅くに木の上から空を見ていたでしょう?』と、とがめられていた。
さらに、『夜中にケラケラと笑いながら走り回っていた』と、女官らの噂話が聞こえてきたこともあった。
――それだけではない。
「千草が、夜遅くに庭の池をじっと眺めていたの」
「まるで何かに憑かれているみたいね……」
「まさか! 〝もののけ〟にでも憑かれているって?」
「いやだわ……こわい……」
そんなささやき声すら、耳にしたことがあった。
それらを総合して、露草さんはようやく気付いたそうだ。
自分が〝夢の中〟で千草ちゃんの体を借りてしたことが、現実の千草ちゃんの体と精神に、確実に影響を与えていたのだと――。
(夢の中で、わたくしが野の草をかき分けていた次の朝、千草の手足には擦り傷ができていたのです。山や川で遊び回った翌朝には、千草が失敗を重ね、注意されていたのです。……木登りをした翌朝には、夜中に木の上にいたと叱られて……。笑いながら走り回ったのも、池を眺めていたのも、全てはわたくし。〝夢の中〟のわたくしの行いだったはずなのに……)
露草さんはそう言うと、ぽろりと涙をこぼした。
(それなのに千草は、体に傷をこしらえ、女官たちからは気味悪がられ、あまつさえ〝もののけ憑き〟の疑いまでかけられてしまったのです……!)
顔をゆがめ、露草さんは涙を流し続ける。
自分のせいで千草ちゃんが悪く言われるのが、思われるのが、耐えられなかったんだろう。
(夢ではなかったのだと知ったわたくしは、千草に謝りました。無意識のうちに、あの子の体を奪ってしまっていたことを。それなのに千草は、あの子は――『どうして謝るのですか?』『わたし、嬉しかったんです』『こんな自分でも、露草様の役に立てたって、誇らしかった』『だから……謝らないでください。もっと体を使ってください。わたし、今とても幸せなんです』――そう言って笑うのです)
(……露草さん……)
(その笑顔が愛おしくて……。けれど、こんなことでしか幸せを感じられないあの子が……あまりにもあわれで……。わたくしには……どうしても、『こんなことはやめましょう』と言うことができなかったのです……!)
露草さんは静かに目を閉じている。
彼女を支える紫黒帝は、そんな彼女の涙を指先でぬぐい――。
傍らの藤華さんは、無言のまま露草さんを見つめていた。
――やがて。
露草さんはまぶたを見開き、心の中で悲痛に叫んだ。
(ああ……! そしてとうとう、あの子はあんなことまで……!)
直接、聞こえたわけではないと思うけど。
彼女の心の叫びを感じてか、紫黒帝と藤華さんはハッと目を見張った。
(ああ……わたくしです。悪いのは全てわたくし……。わたくしのせいで千草は……!)
(露草さん、落ち着いてください! 露草さんのせいなんかじゃありません。火事のことは、『露草さんの役に立ちたい』っていう千草ちゃんの想いが、ちょっと暴走しちゃっただけで――)
(いいえっ、違います!……それだけでは……それだけではないのです)
(……え?)
――火事のことだけじゃない?
じゃあ、いったい何のことを……?
困惑する私に、彼女の次の言葉――。
(あの子の力が初めて目覚めた日。……リア様の寝所に、あの子が現れた日のことです)
それを聞き、ようやく思い出した。
――そうか、私が襲われた日!
小さな子供の手で、首を絞められた日のことか!