新たな力、発動?
倒れてしまった千草ちゃんに今すぐ駆け寄って、助け起こしたいのに。
燃え盛る炎がジャマで、向こう側に行けない。
どんどん呼吸が弱々しくなって行ってる、露草さんのことも心配だし……。
どうしよう?
どうすればいいの?
どうすれば二人を――みんなを助けられる?
ここに白藤がいれば、昨日みたいに火を消してもらえるのに。
そうしたら、露草さんも千草ちゃんもここから運び出して、お医者さん……えっと、この国では薬師って呼ぶんだっけ?
とにかく、その人を呼んで診てもらえるのに!
……白藤。
そう言えば、今日はまだ見てないな。
もしかして、まだ眠ってる?
だから、私の声が届かないのかな……?
実は、千草ちゃんが現れた辺りから、ずっと心の中で白藤を呼んでたんだよね。
なのに、全然返事してくれないし、未だ姿も表してくれなくて……。
昨日の別れ際、
(さすがに力を使いすぎたようじゃ。しばし眠らねば、回復できぬかもしれんのぅ……)
とかって言ってたから、彼の住処――藤の大木の中で熟睡してるのかも。
「ムリないか。私が頼みごとしすぎちゃったのがいけなかったんだ。今日は自分の力だけで、なんとか切り抜けなきゃ――!」
……とは言うものの。
どうすればいいのかなんて、さっぱりわからない。
私にも、お母様や露草さん、千草ちゃんのように、力がそなわってたらよかったんだろうけど。
あいにく私は、〝他人の過去を覗き見る(?)力〟くらいしかないみたいだし(しかも、いつ発動するかは自分でもわからない――っていうポンコツときてる)
「どうせなら、もっと役に立つ力が欲しかったなぁ……」
……なんて、つぶやいてる場合じゃないんだった!
一分一秒でも早く火を消さないと、露草さんも千草ちゃんも助けられないもの!
「でも、いったいどうやって――?」
……ああ、私も白藤みたいに、川の水を大量に運べる力があったら……。
もしくは雨雲を大量発生させて、ピンポイントで土砂降りの雨を降らせられるような力があったら。
「ああ~っ、もう! 水がダメなら真空っ! 酸素がなければ火は消えるんなら、燃えてるところにだけおっきな蓋を被せられればいいのにーーーーーッ!! いでよ、蓋ぁッ!!」
やけくそで、未だ円形状に燃え続けている炎だけを囲むイメージで、指差しながらくるりと一回転。
透明なドーナツ状の蓋(お菓子のババロア型みたいなもの)を被せたつもりになって、
「炎、消滅ッ!!」
呪文のように唱える。
――当然、マネゴトだ。
本当にそんなことができるだなんて、これっぽっちも思ってない。
……でも。
たとえ気休めでも、何かしなくちゃいられなかったから――。
「……って……え?」
その時。
私の目の前で奇跡が起こった。
――そう、正に奇跡。
奇跡としか思えないようなことが。
「……何、これ……? 火が……消えてく……?」
……あんなに激しく燃え上がっていた炎が。
徐々に……少しずつ小さくなって行く。
「……嘘……。消え……た?」
……ただのマネごとのつもりだったのに。
私に、火を消す力なんてあるはずがないのに。
「なんで……どうして……?」
混乱しながらも、私は目の前の床をじっと見つめた。
黒く焦げた木の床。その上に、くすぶるように白い煙が立ちのぼっている。
さっきまで部屋を包んでいた激しい炎は、まるで幻だったかのように消えていた。
信じられない光景に、呆然としていると――。
遠くから、こちらに駆け寄ってくる足音が聞こえた。
「姫様っ!」
現れたのはカイルだった。
乱れた前髪の奥の瞳が、私を捉える。
「よかった……! ご無事だったのですね、姫様!」
カイルの顔に安堵の色が浮かんだ。
でも、こちらに向かってこようとした足が、ピタリと止まる。
「萌黄!?……いや、千草か……? 何故こんなところに……」
近くに倒れていた小さな身体に目を留め、カイルがいぶかしげにつぶやく。
彼は側まで歩いて行き、膝をついて、彼女の片手をそっと持ち上げた。
「……気を失っているだけか。脈はある。――姫様、皆様もご無事ですね?」
彼は顔を上げてこちらを見、私達の顔を見回した。
「うん、私は大丈夫! 帝と藤華さんも。……でも、露草さんが――」
私の言葉に、カイルがハッと目を見開く。
視線の先、炎の残り香漂う室内の奥に、紫黒帝に抱かれてぐったりとした、露草さんの姿を見つけたからだろう。
その傍らには、藤華さんが寄り添うように座っている。
「帝!――露草様も。何故、ご病気の露草様が流麗殿に……?」
不可解な状況を前にして、カイルの眉間に深いシワが寄った。
そんな彼に、藤華さんが必死な様子で呼び掛ける。
「翡翠、お願いがあります! 今すぐ千草を安全な場所に運び、薬師を呼んできてください! 露草様のご容態が――!」
瞬時に状況を理解したらしいカイルが、深くうなずく。
「千草は私にお任せください。――ここは空気が悪いので、皆様にも安全な場所へお移りいただきたいのですが……」
「わたくし達のことは気にしなくて構いません! とにかく今は、千草を運んで……薬師と、可能であれば雪緋も呼んできてください! さ、早く!」
凛とした藤華さんの声に、カイルはもう一度うなずいてから、千草ちゃんの体をそっと抱き上げた。
「千草はひとまず、姫様のご宿泊所――風鳥殿へ運びます。その後すぐ、薬師と雪緋を呼んでまいりますので、どうかそれまでご辛抱ください……!」
カイルは私達に向かって一礼すると、千草ちゃんを抱えて走り出す。
その背中を見送った後、私は帝に視線を向けた。
露草さんは眠るように目を閉じているけど、未だ荒い呼吸のままだ。
早く診てもらわないと、大変なことになってしまうかもしれない。
お願い、カイル。できるだけ早く、薬師さんと雪緋さんを連れて戻ってきて――!
両手を組み合わせ、私は露草さんの顔をじっと見つめた。
どうか間に合いますようにと、一心に祈りながら……。