中庭にて
ウォルフさんの用事は、『兄妹二人(お兄さんの方はイサーク、妹さんの方はニーナというらしい)を、この城で雇ってもらえるようにお願いすること』だけだったんだそうだ。
用事が済んだら、すぐにでも国に帰ってしまいそうな彼を引き止め、私は『少し話せないか』とお願いしてみた。
彼は即座に承知してくれ、ホッと息をつく。
その間、兄妹二人のことはセバスチャンに任せて、私達は落ち着いて話せる場所に行こうと、中庭向かった。
やっぱり、謁見室なんてゆー堅苦しい場所は、居心地悪くて仕方ないもの。
慣れなきゃいけない、ってことはわかってるんだけど……。
せめて、普通の会話くらいは、もっと開放的な場所でしたかったんだ。
中庭に着くと、ウォルフさんはベンチに近付いて行って、真っ白なハンカチを広げた。
それをベンチに敷き、座るよう促して来たウォルフさんに、私は心底感心してしまった。
(さすが紳士! 所作が身についてるってゆーか……ハンカチを敷いて、座るように促すまでの流れに、わざとらしさがひとつもない――!)
お言葉に甘えることにして、お礼を言って腰を下ろす。
「ねえ、ウォルフさんも座って? 立ったままじゃ話しにくいし、疲れるでしょう?」
彼にも座るよう勧めると、
「いいえ。姫殿下のお隣に座らせていただくなど、恐れ多いことにございます。私はここで控えておりますので、どうかお気になさらないでください」
などと、あっさり断られてしまった。
気にしないでって言われても、無理だよなぁ……。
どーしたって気になっちゃうもん。
それに、さっきから『姫殿下』『姫殿下』って、いちいち呼び方が大袈裟過ぎるのよね。
謁見室にいた時は、そこでの作法やら礼儀やらってものがあるんだろうと、ムズムズしながら耐えてはいたけど……。
ダメ!
やっぱり我慢出来ない!!
「ウォルフさん。いい加減その……『姫殿下』ってゆーの、やめてもらえませんか?」
単刀直入に切り出すと、彼は微かに首をかしげ、私をじっと見つめた。
「やめてもらえませんか、とは……何故でございましょう? そのようにお呼びすることが、姫殿下のお気に障られましたならば、謝罪いたします。誠に申し訳ございません」
「あ、いえっ。気に障るってほどのことでもないんですけど。……ん~、でも、やっぱり『姫殿下』ってのは落ち着かないんで、やめてもらっていいですか?」
「……と申されましても――」
困ったように、今度は逆方向に首を傾け、考え込むようにしていたウォルフさんは、しばらくして私に向き直ると、
「では、リナリア姫様――はいかがでしょう?」
と訊ねて来たけど、私はそれにも首を振った。
「姫もいりません。名前だけで充分」
「それでは……リナリア様、とお呼びしてもよろしいですか?」
「うん。それでいいです。今度から、そう呼んでください」
「――は。リナリア様が、そのようにお望みであらせられるならば」
胸の前に片手を置き、ウォルフさんんは一礼した。
いかにも『執事』って感じで、めちゃくちゃキマッてる!
……ホント、セバスチャンとは大違いだわ。
まあ、セバスチャンはセバスチャン。
完璧過ぎないとこが、可愛いかったりするんだけどね、うん。
心でつぶやいたら、自然と顔がほころんで来てしまい、慌てて顔を引き締め直す。
「……リナリア様は、我が主が申されていた通りのお方でございますね」
ふいに。
しみじみといった感じでつぶやき、ウォルフさんは微かに目を細めた。
その瞳はとても優しくて、笑っているようにも感じられた。
「え? ギルが言ってた通りって……。ギルは、私をなんて?」
「純粋で、まっすぐで、笑顔も心根も、柔らかな日差しのように温かく――どこまでも愛らしく、魅力溢れる女性だと、常日頃から我が主は申しております。あなた様のお話をなさっている時のギルフォード様は、とても幸せそうでございました」
う……。
ギ、ギルってば、なんて恥ずかしいことをウォルフさんに!
そこまでベタ褒めされちゃったら、実物にガッカリされそうで怖いよぉ~~~!
急激に恥ずかしくなって来て、顔が異常なほど熱くなってしまった。
それに気付かれないよう注意しながら、話題を変える。
「そっ、そー言えば、ギルは元気ですか? 最近は、気温も結構低くなって来てますし……体調崩したりとかしてませんよねっ?」
特に意識することなく、口から出てしまった言葉だったんだけど。
瞬間、ウォルフさんの瞳が悲しげに揺らいだ気がして、息が止まった。
「お体は……特に問題はございません。リナリア様もご存じであらせられますように、我が主には、治癒能力がございますので。少々のことでは、床に伏されるようなことはございません。しかしながら――」
「し……しかしながら?」
「リナリア様とのご婚約が、正式に解消されましてからは、かなり沈み込んでいらっしゃいます。常に『心ここにあらず』というご状態で、周囲の者も皆、主の御身を案じております」
「――あ……」
そうだ。
ギルと婚約解消してから、まだ数日しか経ってないんだ。
なのに私ったら……なんて無神経なこと……。
「ご……ごめんなさい。能天気に、『元気ですか』なんて――……」
胸元に当てていた手を、ギュッと握る。
すると、指先に――何か硬い物が当たった。