動揺後の告白
万感の思いを込めるかのようにギュッと目を閉じ、藤華さんを抱きしめていた紫黒帝は――。
少ししてから目を開き、視線をやや上方に向けた。
とたん、バチッと私と目が合う。
「――っ! リ、リナリアっ!?」
ギョッとしたように藤華さんから体を離し、紫黒帝は後方へと退いた。
「な……っ、ななっ、な、何ゆえリナリアがっ!? こっ、ここっ、ここはっ、りゅ、流麗殿ではないのかっ?」
動揺のためか、やたらどもっている。
私はニマニマ笑いたいのを必死にこらえ、
「ご心配なく。こちらは間違いなく、流麗殿ですよ?」
間違えて別の場所に来たわけではないことを、紫黒帝に教えて差し上げた。
赤面を隠したいのか、彼は慌てて片手を顔の前にかざし、
「でっ、ではっ、り、リナリアは何ゆえ流麗殿にっ?」
多少は落ち着いてきたのか、どもりを少なめにして訊ねる。
「それはもちろん、昨日の今日ですから。藤華さんが心配で、伺わせていただいたに決まってます。――ね? ミ・カ・ド?」
とうとう我慢できなくなり、私は意味ありげにニマリと笑ってしまった。
紫黒帝が『な――っ!』と漏らした拍子に、かざしていた片手が顔の前から離れる。
だけど、ハッとしたように再び手の位置を元に戻して。
「ち、ちちち朕はっ、たまたま通り掛かっただけであるぞっ? ととっ、藤華が心配であるから寄ったわけでは――っ」
「……そうなのですか?」
「そう――っ、……え?」
藤華さんの低く押し殺した声にヒヤリとしたのか、紫黒帝が瞬間冷凍されたかのように固まる。
藤華さんはと言うと、憂いを含んだ目でじっと紫黒帝を見つめてから、つと視線をななめ下にそらすと、
「わたくし、帝が心配していらしてくださったのだとばかり思っておりました。けれど……そうですわよね。この国で最も尊きお方でいらっしゃる帝が、本来であれば下賤の身であるわたくしのことなど、お気に留めてくださるはずがないのですわ。それなのに……わたくし、思い上がっておりました。お恥ずかしい限りですわ。ああ……消えてしまいたい……」
両袖で顔を隠すようにして、深くうつむいてしまった。
「ち——っ、違う! そうではないのだ藤華! 朕は――っ」
「そうですよ、藤華さん。帝が藤華さんのこと、心配してないわけないですってば。だって、ほら――帝がこちらにいらした時のこと、おぼえていらっしゃいますよね? 帝ったら、私のことなんてまるで目に入っていないかのように、藤華さんに向かってまっすぐ歩いていらしたじゃないですか」
「な――っ!……リ、リナリア……っ!」
紫黒帝は再び顔を真っ赤に染め、『余計な口出しはするな』と言っているかのように、私を軽くにらむ。
そこはあえて無視して、私は藤華さんを説得し続けた。
「紫黒帝が『たまたま通り掛かっただけ』なんて言ってたのは、ただのポーズ――じゃない、えーっと……あっ、そう! フリですよ、フリ! 心配してないフリ! ただカッコつけてるってゆーか、強がってるだけです!」
「なっ、ななっ、な……っ」
「それに私、ちゃーんと聞いてましたし。帝が藤華さんをギュッと抱きしめて、『そちに何かあろうものなら、朕は……朕は……っ』なーんて、ものすごく真剣におっしゃってましたよね? 心配していらっしゃらないなら、あんな言葉出てきませんよ。普通なら、一番大切な人にしか言わないようなことじゃないですか」
「リっ、リリ、リナリアっ! そ、そちは何を申して――っ」
紫黒帝が真っ赤な顔のまま、目を白黒させているのは視界の端に映ってたけど。
さらに無視して、私はトドメの言葉を放ちに掛かる。
「それからほらっ、藤華さんもお聞きになりましたよね? 藤華さんが、すでに白藤――……あ、神様に助けてもらってたのをご存じなかったから、帝ってばたったお一人で、御付きの人達の静止をも振り切って、火の海に飛び込んで行っちゃったんですよ? 藤華さんのこと心配してない人に、そんなことできます? できませんよね? できるわけないんですよ!――ってことはつまり、紫黒帝は藤華さんのことを、誰よりも大切に思っていらっしゃるってこ――」
「よさぬかリナリアっ!! それ以上申したら、たとえそちであろうと許さぬぞっ!?」
堪忍袋の緒が切れたのか、紫黒帝が声を限りに叫んだ。
私は慌てて両手で口を覆い、チラリと紫黒帝を窺う。
……うわぁ……。
これ以上染まれないってくらい、顔がまっかっかだ。
まっずぅ……。
調子に乗って、しゃべりすぎちゃったかな……?
「……ごめんなさい、もう黙ります。この先のことは、帝ご自身がおっしゃりたいですもんね……?」
「――っ!」
紫黒帝はうっと詰まった後、観念したかのように藤華さんに向き直った。
そして、そろそろと顔を上げている途中だった藤華さんを見つめ、
「藤華。このようなこと、告げるべきでないことは承知しておる。周囲の者達は、決して許しはせぬだろう。しかし……それでも言わせてくれ。朕は……朕は、幼き頃より、そちをひたすらに慕っておった」
紫黒帝が己の想いを噛みしめるように語った、次の瞬間。
「……ああ、やっぱり……」
低く、けれど暗い熱を帯びた声が、流麗殿の空気を震わせた。
私達が一斉にそちらを振り向くと、立っていたのは見知った少女。
目にたっぷり涙を溜め、瞳の奥には、炎のような怒りをちらつかせている。
「やっぱり帝は……藤華様のことばっかり……」
「ち、千草ちゃんっ!?」
異様な空気にゾッとし、思わず声を上げたとたん――。
何もない場所から激しい炎が燃え上がり、あっという間に私達を取り囲んだ。