突然のラブシーン
白藤の報告によると、露草さんの容態はかなり悪いらしい。
青ざめた顔で横たわっているのはいつものことだけど。
苦しそうに荒い呼吸を繰り返し、時折『帝』と、うなされたように繰り返しつぶやいているそうだ。
御所に戻った紫黒帝は、それを聞いて、すぐさま露草さんを見舞おうとしたらしいんだけど……。
病がうつっては大変と、御付きの人達が反対してるってことだった。
露草さんのご病気は、人にうつるようなものではないのに。
いくらそう言っても、断固として許してくれないみたい。
帝って立場も辛いものだよね……。
自分の妻を見舞うことすら、思い通りにできないんだから。
東宮もいない現在の時点では、帝の代わりになれる存在は他にいないわけだから。
周りの人達がより神経質になってしまうのも、わからなくはない。
でもやっぱり、帝や露草さんのお気持ちを考えると、やりきれない気持ちになっちゃうんだよなぁ……。
――っと、それはともかく。
藤華さんは白藤が言うところの『住処』から戻されて、今は風鳥殿の側の流麗殿にいらっしゃるんだけど。
火災の翌日、私がこ゚様子を窺いに流麗殿を訪れると、白藤の住処がどんなところだったかを、話して聞かせてくれた。
「どう申し上げればよろしいのか……。とても暗い、音もほとんど聞こえてこないようなところだったのですけれど。それなのに、何故か温かな、落ち着くような心地もして……。不思議な雰囲気をまとったところでございましたわ」
「不思議なところ……ですか」
「ええ。……申し訳ございません。うまくお伝えできませんの。わたくしには、そのようにしか言い表せないのですわ。……気が付くと、辺りは真っ暗闇。体が浮いているような、妙な感覚もいたしました。とても静かで……それなのに、守られているような心強さも感じましたの」
「守られてる……」
そこまで聞いて、私は思い出した。
私がこの世界に――ザックス王国に放り出される(本当にそんな感じだったんだもの)前のことを。
あの時、私は桜の大木――神社の御神木の内部に取り込まれて、真っ暗な空間をずーーーっと落ちてきたわけだけど。
すごく驚いたし、心細い状態だったにもかかわらず、何故か怖さは感じなかったんだよね。
その後、神様と話すために、やっぱり桜の内部に取り込まれたし、神様とお別れした時も、同じく桜の内部だった。
真っ暗で、とても静かで。
それなのに、不思議な安心感があって。
……そっか。
真っ暗で、シーンとした空間にたった一人、フワフワ浮いてたのに。
少しも怖さを感じなかったのは……神様に守られてたから、だったんだ。
あの場所は、神様が住んでいたところだったから。
怖いなんて、少しも感じなかったんだな……。
しみじみと神様(白藤じゃなく、うちの国にいた可愛い神様)のことを思い出していたら、なんだかすごく懐かしくなってしまった。
今頃、どうしてるんだろう?
桜さんとは、うまくやってるのかな?
晃人との関係はどうなってる?
やっぱりバチバチもんのライバルになってたり?
「案外、親友みたいな関係になってたりして。……なーんて。さすがにそれはないかな……?」
うっかり心の声が漏れてしまったら、藤華さんにキョトンとした顔をされてしまった。
私は慌てて適当なことを言ってごまかし、藤華さんとの話を再開しようと思ったんだけど。
「藤華!」
急に聞き覚えのある声がして振り返ると、ものすごく真剣な顔をした紫黒帝が立っていて。
藤華さんと目が合うと、まっすぐ彼女に向かって突進(本当にそう言いたくなるくらいの勢いだった)してきた。
そしてパアッと光が差し込むように笑って、
「藤華、無事であったか!――よかった! まことによかった!」
そう言うと、藤華さんを思いきり抱きしめた。
「み……っ、帝っ?」
意外すぎて驚いたのか、藤華さんは紫黒帝の腕の中でまん丸く目を見開いている。
――と思ったら、たちまち顔全体がピンク色に染まった。
「……よかった! そちに何かあろうものなら、朕は……朕は……っ!」
戸惑う藤華さんに気付く様子もなく、紫黒帝は彼女を抱きしめ続けている。
いきなり目の前で始まったラブシーンに、私はポカンとして、ただただ固まるばかりだった。
しばらくして、冷静さが戻ってくると。
私は藤華さんを抱きしめる紫黒帝の手が、小刻みに震えていることに気が付いた。
……きっと、本当に怖かったんだろうな。
もしも、藤華さんを失うことにでもなっていたら、とても生きて行けない。
そう思ってしまうほど、心配でたまらなかったんだ。
まるですがりつくように、藤華さんを震える手で抱きしめている紫黒帝と。
驚きと戸惑いと感動で、真っ赤になって固まってしまっている藤華さん。
二人を見ていたら、とても温かな気持ちになってきて……。
(ホントによかったですね、紫黒帝。……藤華さん)
こっそり心でつぶやいた私の顔には、自然と笑みが浮かんでいた。