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嘘をつくのは難しい

 息せき切って駆けてきた萌黄ちゃんは、私の前で足を止めようとしたんだけど。

 勢い余ってしまったのか、つんのめるようにして私の腰に抱きついた。


「わっ」

「きゃっ?」


 同時に声を上げ、私はバランスを取るために一歩足を引いた。

 こんなに小さな子でも、勢いがつくと結構衝撃を受けるものだ。


「すっ、すすすすみませんっ! 申し訳ございませんっ!」


 萌黄ちゃんはひたすら恐縮し、慌てたように私から体を離した。


「ううん、大丈夫。――それより、どうかしたの? すごく慌ててたみたいだったけど……」


「あっ、はい! そーなんです!」


 萌黄ちゃんは両手を胸の前で組み合わせ、涙目になって叫んだ。


「千草がどこにもいなくて捜してたんです!」


「えっ!……あ、ああ……そっか。そーだよね」



 急に姿が見えなくなったら、そりゃあ、心配になって捜すに決まってるよね。


 ……でも、どーしよう?

 なんて説明すれば……。



 悩み始めた私に向かい、次に萌黄ちゃんの口から飛び出した言葉は。


「でも、リナリア姫殿下のご用で外に出てるって、さっきヒスイから聞いて……。あのぅ……ご用って何なんですか?」


「……へっ?」


 予想外のことを訊ねられ、私は間の抜けた声を上げてしまった。

 そんな私の様子に気付くことなく、萌黄ちゃんはさらに続ける。


「ご用があるんでしたら、わたしに申し付ければ済むことですのに、どうしてわざわざ千草に……? わたしじゃダメだったんですか?」


 そう言って、萌黄ちゃんは恨めしげに私を見つめた。

 もしかして、彼女が気に入らないから、千草ちゃんに用事を頼んだんだと思っているのかもしれない。



 ――ってゆーか、用事なんて頼んでないんですけど?


 まったく。カイルってば、なんでそんなこと……。



 まあ……きっと、千草ちゃんのことをどう説明すればいいのかわからなくて、とっさに嘘ついちゃった――ってことなんだろうけど……。



 でも、私の用で〝外に出てる〟って?


 外って、つまり……御所の外?

 山のふもとの、貴族や役人以外の人達が暮らしてる――先生とイサークが行こうとしてたところ、ってこと?


 え……。

 そんな、歩けば結構時間かかるところに、小さい女の子たった一人で、私が用を言いつけて行かせた……ってことになっちゃってるの?


 えぇ……。

 それじゃ私、すっごくひどい人じゃない?

 子供を虐待してるみたいで、なんかヤダな……(実際には行かせてないとしても)



「リナリア姫殿下っ! 何をボーッとなさってるんです? わたしの声、聞こえてますかっ?」


 ふいに大きな声がして、私はビクッとなって、慌てて視線を下に落とした。

 そこには当然、萌黄ちゃんがいて。さっきよりも鋭い目つきで、私をジーッと見つめていた。


「あ……。ごめんねっ。ちょっと考え事してて――」


 ニヘラと笑ってごまかすと、萌黄ちゃんは可愛らしく、プクッと頬をふくらませる。


「もうっ。ヒドイですリナリア姫殿下! わたしが話してる途中でボーッとなさるなんて!」


「うぅ……。ご、ごめんね? ホントにごめんなさいっ。でも、あの……」



 あああ~~~っ!

 なんて説明すればいいのよーーーっ?



「その女児なら、私とここにいる護衛が下まで送っって行った。今は、ある場所に向かってもらっている」


「――えっ?」


 見ず知らずの異国の男性が、いきなり話に割って入ってきてビックリしたのか、萌黄ちゃんは目をまん丸くして声の主である先生を見つめた。

 私も、まさか先生が助け舟を出してくれるとは思っていなかったから、メチャクチャ驚いてしまって……。


「この男に木工の技術を習得させるため、ある工房にしばらく預けるつもりだったのだがね。その工房の主から、『子供の木像を作りたいので、誰か心当たりがあったら紹介してくれ』と頼まれていたのだよ。私には子どもの知り合いなどいないから、我が国の姫君に探してくれるよう依頼した。そこで選ばれたのが、君の知る『千草』という子供だったというわけだ。――ということで、彼女は今、その工房にいるはずだ。断言できないのは、ここにいる大男と私は、工房に着く前に御所で火が上がっているのに気付き、引き返してきてしまったのでね。その子供が工房に着くまでの確認は取れていないのだが……工房の少し手前まで行って私達は引き返したから、そこからであれば、子供でも容易にたどり着けたはずだ」


 先生はスラスラと、ほとんどよどみなく嘘八百を並べ立てた。

 よくもまあ、これだけ長いデタラメを短時間で考え付いたものだ。私はただただ呆気に取られ、先生を見つめるばかりだった。


 すると、


「え……じゃあ、千草は今……その工房ってところにいるんですか……?」


 恐る恐るといった風で、萌黄ちゃんが訊ねる。

 先生はしれっとした顔でうなずき、


「――そうだろう、姫君?」


 ニヤリと笑って、私に同意を求めた。

 私はハッと我に返り、慌てて何度も何度もうなずく。


「そっ、そそそそうそうっ! 千草ちゃんは今、その工房ってとこにいるの! 先生から子供のモデルを探してくれって頼まれて、えっと……えーっと……あっ、そう! 藤華さんに相談したら、萌黄ちゃんにはお願いしたいことがたくさんあるから、千草ちゃんがいいんじゃないかーって言われて! それでっ、露草さん通して千草ちゃんにお願いしてみたら、い、いいってことでねっ? だから先生とイサークっ――そこのおっきい人と一緒に、工房に向かってもらったの!」


 先生をお手本に、私も精一杯の嘘を並べ立てる。

 萌黄ちゃんは少し不審そうな顔をしながら、しばらく考え込んでいたんだけど――。


「……わかりました。千草が知らないところに一人で行くなんて、ちょっと驚きましたけど……。そーゆーことでしたら、仕方ないですね」


 シブシブではあるけど、どうにか納得してくれたようだ。

 それで私もホッとして、『ありがとうございました』という念を込めつつ、先生に視線を送った。

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