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目覚めた紫黒帝

 イサークと先生の仲が良くなった(本人達は決して認めようとしないけど)ことに、すっかり気を取られていたけど。

 紫黒帝をカイルに任せたままだったことを思い出し、私は白藤に頼んで、二人を残してきた場所まで連れて行ってもらった。


 私を見たとたん、カイルはギュッと抱き締めてきて、


「ああ、よかった……! ご無事でいらっしゃったのですね」


 しみじみとつぶやいた後、何かに気付いたかのようにバッと体を離した。


「いかがなさいました、そのお姿は!? ずぶ濡れではございませんか!」


「あ……。う、うん。これは、その……えっとね? 白藤が一瞬で火を消してくれたんだけどね? その時にバッシャーンって、貰い水? しちゃったってゆーか……まあ、そんな感じで……」


「いけません! そのようなお姿のままでは、お体を壊してしまいます! お早くドレスを乾かすか、お着替えなさいませんと――!」


 カイルは私の肩に両手を置き、真剣な顔で訴える。

 そうしたいのは山々だけど、そんな暇も余裕もないと伝えると、彼は無言のまま首を横に振った。


「なりません。お着替えが無理だとおっしゃるのでしたら、せめて湯浴みをなさってきてください。こちらまで神様に連れてきていただいたのですから、同じように、神の憩い場まで運んでいただけばよろしいでしょう? 水を被る原因をお作りになられたのは神様なのですから、拒否はなさらないはずです」


(ぐぬ――っ!……こやつめ、痛いところを突いてくるのう。事実じゃから何も言い返せぬが……)


 カイルの言葉にダメージを食らったのか、白藤は珍しくもションボリと肩を落とした。

 私はなんだか、彼が可哀想になってきて、


「そ、それはそうなんだけど。水を被っちゃったのは、私が火事場に近寄りすぎてたせいでもあるんだし……。白藤だけを責めるのはなんか違うってゆーか……その……えーっと……よくない、でしょう?」


 カイルの様子を窺いながら、恐る恐る訊ねる。

 隣では、白藤が同意するようにウンウンとうなずいていたんだけど、彼のことが少しも見えていないカイルは。


「いいえ。姫様に非などございません! 神であるならば、水の飛び散る範囲など容易に予測できたはずです。火元に水を掛ける前に『もっと後ろに下がっていなさい』と注意を促せばよろしかったのに、それすら怠ったのです。どう考えても姫様ではなく、神の失態と見るべきではございませんか!」


(ぐ……っ!……ぐぬぅ……)


 白藤が悔しそうに拳を握っている。

 何か言い返したいけど、できずにギリギリと歯噛みしている感じだ。


 私は苦笑いしながら、『あのぅ……カイル? それくらいで許してあげて……?』と言おうとしたんだけど、彼は厳しい顔つきでたたみ掛ける。


「それに、大変恐れながら申し上げますが。神様が見守ってくださっていたはずの藤華様は、千草に襲われ、とても怖い思いをなさったに違いありません。神様がお側にいらっしゃってさえ、完全には守りきれないということがハッキリしてしまったわけです。もちろん、神様が全くの無力であるとは申しませんが、いささか期待外れであったことも否定できないのではないでしょうか」


 カイルの言葉に、またしても白藤がぐぬぬとうなる。

 私は彼の背をなでて『まあまあ』となだめつつ、足元に横たえられている紫黒帝に目を向けた。


 彼はまだ目を覚ましていないようだ。

 穏やかな寝息を立てていて、顔色は少し良くなったような気がする。


「それよりカイル、紫黒帝の様子はどう? 当分目覚めそうにない?」


 私が問うと、カイルは真剣な表情で答えた。


「まだ意識は戻っておられませんが、脈は安定していらっしゃるようです。もうしばらくすれば、きっとお目覚めになられるかと……」


 その時だった。


「……う……」


 かすかな声が聞こえ、私とカイルはハッとして顔を見合わせた。

 紫黒帝が、ゆっくりとまぶたを開く。


「……ここ、は……?」


 紫黒帝はぼんやりとした様子で天を見上げる。

 徐々に意識がハッキリしてきたようで、わずかに顔を横向けた。


「リナ……リア?」


 名を呼ばれ、返事して紫黒帝に近寄ると、彼はかすかに唇を動かし、声をしぼり出すようにして訊ねた。


「藤華……。藤華は、いずこに……? 無事……なのであろう……な?」


 真っ先に訊ねた内容があまりにも彼らしく、思わず微笑んでしまう。

 やっぱり、彼の心を一番に占めているのは藤華さんなんだなと、しみじみ感じた。


「大丈夫、無事です。白藤――神様が助けてくださって、今は安全な場所に避難していただいているんだそうです。だから心配しないでください」


 伝えると、紫黒帝はホッとしたように表情をゆるめた。


「……そう、か……」


 そうして彼は、再びまぶたを閉じた。

 意識を失ったわけではなく、ただ休息を取るためだろう。


「今はゆっくり休んでいてください。月花殿は燃えてしまいましたけど、火は神様が消してくれましたし、御所内の方々にも安全な場所に避難していただいてます。月花殿の再建とか、元に戻るまで藤華さん達にどちらにいていただくかとか、やることはたくさん残ってますけど……。考えるのは明日からでいいと思います。それに備えて、今はしっかりお休みください」


 伝えると、私はそっと彼の手を握った。

 カイルも私と同じ意見のようで、深くうなずいてくれている。

 紫黒帝も私の意見を受け入れてくれたのか、目を閉じたまま小さくうなずいた。



 嵐のような出来事が過ぎ、ようやく静寂が戻ってきたけれど――。

 これで全てが終わったわけじゃない。

 次にすべきことは山積みだし、千草ちゃんの行方も捜さなきゃいけない。


(千草ちゃん、今どこにいるんだろう? 独りぼっちになっちゃって、きっと心細い思いをしてるよね。ケガなんかしてなきゃいいんだけど……)


 彼女のこれからのことを思うと、キリキリと胸が痛む。

 だけど……。


 とりあえず今、私がするべきことは。


「なんだか寒くなってきちゃった……。やっぱりカイルの言う通り、湯浴みしなきゃマズいみたい。――白藤、神の憩い場まで連れてってくれる? え、と……それから……」


 私は顔を熱くしながら、カイルにチラリと目をやった。


「カイル。あの……悪いんだけど……白藤に御所まで送ってもらったら、私の着替えとタオル――体を拭くものを、神の憩い場まで届けてくれないかな?……ほら、前に私達が鉢合わせしちゃったとこがあるじゃない? あの近くに、たたんで置いておいてほしいの」


 その時のことを思い出したのか、彼の顔はたちまち真っ赤に染まった。

 それから慌てて目をそらせ、


「……しょ、承知しました……」


 耳を澄ませなければ聞こえないほどの声で返答した。

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