鎮火するためには
月花殿には全体的に火が回り、渡り廊下も火に包まれる寸前だった。
このまま放っておいたら、確実に他の建物も被害に遭うだろう。
唯一ツイていたことがあるとすれば、ほとんど風が吹いていなかったこと。
もしも強風の日だったりしたら、御所中のあちこちで火事が発生していたはずだ。
でも、今はそよ風程度しか吹いていないとしても。
これから強風が発生する可能性だってあるんだから、急いで消火しなければいけないことに変わりはない。
「被害を最小限に抑えるために、まずは――……」
私は片手をあごに当ててつぶやくと、燃え盛る月花殿の前でただただ右往左往し、
「帝! どちらにおわします!? 帝ぉーーーっ!」
「ああ~、どうすればよいのじゃ~? このままでは帝がぁぁぁ~~~」
などと大騒ぎしている人々に目をやった。
紫黒帝を心配するのは当然だとしても。
ああして火事を見ながら呼び掛けたり、ただただ嘆いたりしてるだけじゃ、どうにもならないでしょうに。
第一、あの人達だって早く避難しなきゃ、火災に巻き込まれる可能性大なんだし。
白藤と火を消す方法を考えたり試したりするには、言っちゃ悪いけどジャマでしかない。
「……うん。まずはあの人達に、帝と藤華さんは無事だってことを伝えて、さっさと避難してもらうしかないか」
私はそう判断し、彼らに近付いて行って二人の無事を告げた。
最初は私に気を遣いながら(一応、他国からの客人だし、大国の姫という立場でもあるしね)も、
「あのような大火の中から、どのようにして帝を?」
「ご無事なのでしたら、今はいずこにおわすのです?」
とかって、疑うような目で訊ねてきてたけど。
嘘を考えるのも面倒だし。
正直に、『神が二人とも助けてくれて、安全な場所に移動させてくれたから大丈夫』というようなことを話したら、
「おお! 神がお助けくださったのですか!」
「さすがは巫女姫! さすがは帝じゃ!」
なんて言って、呆れてしまうほど簡単に信じてくれた。
……やっぱりこの国、私が元いた世界の奈良時代や平安時代と、似かよってるのかな?
あの時代に生きてた人達は、神や妖怪なんかの超常現象も、普通のこととして受け入れてたらしいし。
でも、ここが現代日本だったりしたら、こんなにすんなりと信じてはくれなかっただろうな……。
――っとまあ、そんなことを感じながらも。
私は彼らを信じ込ませ、ここから追い払――……もとい、避難してもらうことに成功した。
「ええっと。〝被害を最小限に抑えるために、その二〟ってことで。――白藤。あっちと向こうの渡り廊下を、一瞬にして、バッキャンバッキャンと破壊できちゃったりしない?」
(……むぅ? 『ばっきゃんばっきゃん』……?)
「あー、そこはあんまり気にしないで。とにかく今は、壊せるのか壊せないのかってことが知りたいの」
(フフン。その程度のこと、この我には造作もないわ。――ほれっ。それっ)
白藤が向こう側とこっち側の渡り廊下に、両手をかざしたとたん。
ものすごく大きな音を立て、両方の渡り廊下が粉々に砕け散った。
……正に、一瞬にして〝粉々〟。
木片とか木くずとかってレベルでもない。
例えるとしたら、灰やインスタントコーヒー。
恐ろしいくらい、ただの〝粉〟と化していた。
白藤の想像以上の破壊力に、私はしばし呆然としてしまった。
私の国の可愛い神様も、彼と同じようにテレパシーで話せたりしたけど。
さすがに、ここまでの力を見せてもらったことはなかったし。
自分でも『昔より力が弱まってる』みたいなこと言ってたから、白藤と同等のことができたのかどうか、今さら確かめることもできないしね。
でも……ホントすごい。
白藤ってば、やっぱり『神』と呼ばれるだけのことはあるんだ。
素直に認めるのは、なんだかちょっとシャクだけど。
悔しいけど……こればっかりは認めざるを得ないみたい。
(いかがしたのじゃ、リナリアとやらよ? 我は、次はどちらを壊せばよいのじゃ?)
顔を覗き込むようにして訊ねられ、私はハッと我に返った。
……いけないいけない。
今は白藤の能力のすさまじさにドン引きしたり、感心したりしてる暇はないんだったわ。
私はコホンと咳払いして腕を組み、次は何をするべきかを考えた。
ほぼ無風状態で、渡り廊下も粉々にし終わった今。
他の建物に燃え移る心配は、多少は減ったワケだけど。
目の前の火事を完全に鎮火させるには、どうすればいいんだろう?
えー……っと。
消防車はホースで水を噴射させるんだから……水道のないこの国で、似たようなことをするためには……ん、と……。
あっ、そーか! 川の水!
川の水を何らかの方法で大量に汲み上げて、上からバシャーッてかければいいんじゃない?
あとは……う~ん、そうだなぁ……。
火を消すためには、水以外には何が必要なんだろ……って、ああ、そーだ! 思い出した!
酸素よ! 酸素がなければ火は燃えないのよね?
だったらえっと……月花殿全体に、メチャクチャ大きくて厚い布やら、引火しない素材の蓋やらを、ガバッと被せちゃえば消える?……よね?
うぅ~ん……。
でも、さすがにそんなことできないかな?
川から大量の水を――とか、メチャクチャ大きい布や蓋を――なんて。
半ば諦めつつ白藤に訊いてみると、
(ほう? そのように面妖なこと、よく思いつくものじゃな。やったことはないが……まあ、できぬことはないじゃろう)
意外にもあっさりと受け入れて、いつもより高い位置までスィ~っと上って行った。