似ていない兄妹
ウォルフさんの後方から現れたのは。
背が高く、がっしりとした体格の短髪の男性と、十歳前後の、鮮やかな赤い髪の女の子だった。
ウォルフさんは、再び私の前でひざまずき、二人にもひざまずくよう命じてから、私に向かって頭を下げた。
「リナリア姫殿下。本日私が参りましたのは、この者達を、この城で雇い入れていただけるよう、主に代わってお願い申し上げるためでございました」
「ふぇっ? 雇い入れる? そこの二人を、この城で?」
「はい。不躾な申入れでございますことは、重々承知の上でお願い申し上げます。我が主の要請を、受け入れてはいただけないでしょうか?」
「それは……えっと、出来ることなら、受け入れてあげたいけど――」
でも、人を雇うとかどーとかって、私が勝手に決めちゃっていいことなのかな?
この城の事情ってものもあるだろーし、お父様の了解だって必要だろーし……。
「あの……。お父さ――いえ、陛下にもお願いするって、確か手紙――書状には書いてあったと思うんですけど、陛下には、もう……?」
「はい。クロヴィス国王陛下には、『そのことについては、リナリアに一任する』とのお返事をいただいております」
「えっ、私に一任!?……ってことは、私が決めちゃってもいい……のか」
とは言え、この城の事情は、よくわかっていないことも多い。
困った私は、セバスチャンを振り返り、ストレートに意見を求めた。
「ねえ、セバスチャン。この城、人手が足りないとこってある? 二人くらいなら、任せられる仕事あるかな?」
セバスチャンは、顔を右に左に傾けつつ、
「左様でございますなぁ。メイドの数は足りておりますが、見習いということでしたら、雇い入れるのは可能でございましょう。男手は……ふぅむ。料理人も庭師も足りておりますな。他に、人手が足りないところと申しますと――」
「騎士にしてくれッ!!」
突如、セバスチャンの声をさえぎるように、低音ボイスが割って入って来た。
私もセバスチャンもギョッとして、声の主に視線を移す。
「頼む!! 俺は騎士になりてえんだ! 騎士になるためなら何でもする! どんな修行だって耐えてみせる! だから頼む。俺を騎士にしてくれッ!!」
必死に訴えて来たのは、ウォルフさんの後ろで控えている、背の高い男性だった。
隣の女の子は、慌てたように男性に声を掛ける。
「兄さん! いきなり何言ってるの!? 騎士になりたいなんて、そんな無茶なこと……。わたし達みたいな身分の者に、許されるわけないでしょう!?」
「わかってるさ、んなこたぁっ!! わかった上で頼んでんだ。ニーナ、おまえはちっとばかし黙ってろ!」
「兄さん!! でも――っ」
「いい加減になさい、二人とも!! リナリア姫殿下の御前ですよ!? 立場をわきまえなさいッ!!」
ウォルフさんの一喝にビクッとなってから、二人は互いに顔を見合わせ、気まずそうにうつむいた。
それを確認した後、ウォルフさんは私に向き直り、再び深々と頭を垂れる。
「大変ご無礼つかまつりました。こちらの二名は、さる事情により、我が主によって救い上げられた者共なのですが、高貴な方へ御目通りが叶いましたのは、本日が初めてなのでございます。この通り、礼儀もわきまえぬ未熟者達ではございますが、どうか、その点をご考慮いただきますよう、伏してお願い申し上げます」
慣れた様子で頭を下げ続けているウォルフさんに対し、後ろの二人は、こういうことには本当に慣れていないらしい。
男性の方は、申し訳ていどに頭を下げているだけだけど。
女の子の方は、床に頭がついちゃいそうなくらい、深々と頭を下げていた。
さっきの二人のやりとりを聞くと、どうやら兄妹っぽいけど……。何とも対照的だなぁ。
お兄さんの方は、日焼けした浅黒い肌に、がっしりとした体格。(って言っても、筋骨隆々ってほどではないかな? そこまでムキムキはしてないかも。ギルやカイルは着痩せするタイプで、わからないだけなのかも知れないけど、二人よりは、服着てても、筋肉の盛り上がりが目立って見える程度)
妹さんの方は、色白で華奢で、見惚れちゃいそうなほどの美少女だ。
……似てない。
全然似てない。
男女差があるから、体つきは似てなくて当然だとしても、顔つきが全く似てない。……うん。まるっきりタイプが違う。
妹さんの方は、メイド服とかめっちゃ似合いそう。
これだけの美少女だもん。そのカッコした時……私ってば、理性保てるかしら?
「……め様――。姫様っ! そろそろお顔を上げる許可を!」
セバスチャンの声で我に返った私は、
「わわっ、ごめんなさい!……え、っと……顔っ。皆さん、早く顔上げてくださいっ!!」
慌てて指示を出し、そっと息をついた。
は~……。ヤバイヤバイ。
あんまりにも、妹さんが私好みの美少女だったもんだから、つい――。
……妄想もほどほどにしないと、妙な噂立てられちゃうかも知れないよね。
気を付けなきゃ……。
顔を上げた三人を見渡し、コホンとわざとらしく咳をすると、
「とにかく、話はわかりました。二人のうち、妹さんの方は、メイド見習いとして働いてもらうってことで、問題なさそうだけど、お兄さんの方は、えー……っと、騎士になりたいんでしたっけ?」
「ああ。なりてえ!」
間髪をいれずに返すお兄さんに、
「兄さんっ! 口の利き方に気を付けてっ!」
すかさず妹さんがたしなめる。
全く似てはいないけど、仲良さそうな兄妹だわと感心しつつ、私はお兄さんの願いについて思いを巡らせた。
騎士って……確か、中流以上の身分の人でなければ、なれなかったはず。
……前にちらっと、先生がそんなこと言ってた。
その時は、『へー。じゃあカイルもシリルも、中流以上の家のご子息なのか』って、単純に思っただけだったけど……。考えてみれば、不公平な話よね。良いとこの家の子じゃなきゃ、騎士になれないなんて。
……うぬぅ。
私ってば、ホントにダメダメだわ。
その話された時、すぐにそーゆーところにまで考えが及ぶよーでなけりゃ、いろいろ失格って気がする。
自分の勉強不足を恥じつつも。
よくないと思ったことは、少しずつでも、変えて行く努力をしなきゃと、心に誓う。
「じゃあ、お兄さんの方の願いについては、私からお父さ――、……コホン。陛下にお伺いしておきます。雇い入れるかどうかは、私に一任されてるにしても……やっぱり、一応確認はしておかなきゃと思いますので。……えーっと……とにかく、二人のことはお任せください。決して、悪いようにはしません!」
姫らしく見えるよう胸を張り、軽い気持ちで請け負った私は。
この似ていない兄妹を、城へ迎え入れることを決めた。