火の海へ
月花殿の前まで来ると、大騒ぎになっていた。
いや、火事なんだから大騒ぎになっていて当たり前なんだけど。
どうやら、原因はそれだけじゃないらしい。
「帝! 早く帝をお助けするのじゃ!」
「ですが、火が広範囲にまで燃え広がっておりまして、帝がどちらにおわすのかわかりませぬ!」
「そのようなこと見ればわかるわ! 火の海に飛び込んででもお助けしようという、気がいのある者はおらぬのかと申しておるのじゃ!」
「そ、そのような……。ご無理を申されますな! 火の海に飛び込むなどしたら、たちまち火だるまになりまする! 帝をお助けする前に、命を落としてしまいますぞ!」
「ではどうすればよいのじゃ! 藤華様をお助けするために、帝はお一人でこの奥に……!」
――なんてことを、紫黒帝の御付きの人や役人さん達が叫んでいて。
今や半分以上が火に包まれてしまっている月花殿。
私は呆然と見つめながら、横でふわふわと浮かんでいる白藤に強い口調で訊ねた。
「ちょっと! 藤華さんは助けてくれたんじゃなかったの!?」
(助けた! 我は確かに助けたぞ! 今は我の住処におると、先ほど申したじゃろうが!)
「じゃあどーして、帝が藤華さん助けようとして、一人で火の海飛び込んでっちゃったりするのよ!?」
(知らぬわ! そちに急を知らせに行っておった間に、あやつが早とちりしたんじゃろうて! 我を責めるのは筋違いじゃ!)
「そ――っ、それは……。そうか、そうだよね。ごめん白藤。私ったら動揺して、つい……」
(しょげずともよいわ。我も怒うておるわけではない。じゃが……どうする? 帝とやらはこの国の長じゃろう? 放っておいてよいのか?)
「いいわけないでしょ! もちろん助けに行くわよ!」
「えっ!? な、何をおっしゃいます姫様!?」
白藤とのやりとり(私の声しか聞こえてないだろうけど)を横で聞いていたカイルが、驚いたような声を上げた。
そして私の両肩に手を置くと、
「この火の海の中『助けに行く』など、ムチャなことはおっしゃらないでください! 死ぬおつもりなのですか!」
怖いくらい真剣な表情で見つめ、叱るように訴える。
「死ぬつもりなんかないよ! ないけど……っ、早く助けに行かないと手遅れになっちゃう! 紫黒帝にもしものことがあったら、藤華さんも露草さんも悲しむもの!」
「あなたにもしものことがあれば、私が悲しむとはお思いにならないのですかッ!?」
「――っ!」
辺りに響き渡るほどの大声に、縮こまって目をつむる。
怒らせてしまったと思った私は、すぐには目を開けられずにいたんだけど。
「姫様はこちらでお待ちください。紫黒帝の救出は私にお任せを!」
「……えっ?」
彼の言った意味がわかったとたん、ヒヤリとして目を見開く。
そこにはもうカイルはいなくて、慌てて顔を月花殿に向けた。
「――カイルっ!!」
声を掛けた時には、彼の姿は火の海の向こうで。
とっさに後を追おうとした瞬間、私の体がふわりと宙に浮いた。
「きゃあっ!?……な、何これっ?」
パニックになり、バタバタと両手足を動かす。
すると、
「これ、あまり動くでない!――刹那移りじゃ。しっかりつかまっておれ」
耳元で声がして、ようやく理解する。
――なんてことはない。
宙に浮いたわけではなく、白藤が私を〝お姫様抱っこ〟しただけだった。
「えっ? 刹那移りって……このまま火の海に、ってこと?」
「そうじゃ。そちが一人で飛び込むよりはマシじゃろう?――安心せい。我と共におれば、火だるまになることはない」
「へっ? そーなの? それってどーゆー仕組――」
「黙っておれ、舌をかむぞ!――それっ」
「……え? わああっ、火っ! 火にっ、火に取り囲まれてるぅううーーーッ!!」
瞬きする間もないくらい、あっという間に月花殿の中に移動していて。
私は火から逃れるよう、ギュッと白藤に抱きついた。
「安心せいと申したじゃろうが。ほれ、落ち着いてよく見てみるのじゃ。火の海を進んでおるのに、こちら側に寄っては来ぬじゃろう?」
「ふぇっ? 火が寄って来ない――?」
白藤から少し体を離し、恐る恐る周囲を見回す。
――本当だ。
白藤の言った通りだった。
私と白藤のすぐ側まで火は迫って来てるのに、何故か熱くない。
私達と火の間に、うっすーーーい空気の膜(?)みたいなものがあって。
どうやらその膜が、火の熱さからも火そのものからも、守ってくれているようだった。
「ふわぁーーーっ、すごい! 白藤ってばこんなことまで出来ちゃうんだ!? さっすが神様だねぇ~!」
しみじみ感心して、はしゃいだ声を上げてしまった。
だけどすぐ、感心してる場合じゃないんだったと反省し、
「そっ、そんなことよりカイル! カイルと紫黒帝を捜さなきゃ!」
白藤に告げると共に、自分に言い聞かせると。
「もう見つけておる! ほれ、すぐ目の前じゃ!」
白藤があごで示すその先に、紫黒帝がうつ伏せで倒れているのを発見した。