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立ち上る煙

 私と露草さんが()()()()()()()()()()のは、ほんの数分ほどのことだったと思う。


 だけど、一度にたくさんのことを聞いたせいか、話と気持ちの整理するのに、ちょっとだけ時間が掛かってしまった。


「え、と……。つまり、幼い頃から人の心を読む力があった露草さんは、そのことを他の人――ご両親や帝にすら話したことはなかった。でも、御所で千草ちゃんと交流しているうちに、お互いに深い親しみを感じるようになって、千草ちゃんにだけは能力のことを打ち明けた――と、そういうことなんですよね?」


 きちんと理解できているか確認するためと、カイルにも話の内容を把握してもらうため、声に出しながら露草さんに訊ねる。

 その通りだという返事をもらったところで、先を続けようと口を開いたんだけど。


「えっ!?」


 何気なく視線を上に向けたとたん、濃い灰色の煙が視界に飛び込んできて、私はギョッとして固まった。


「何、あの煙? まさか……火事!?」


「えっ!?」


 私の視線を追って顔を上に向けたカイルは、


「あの方角は月花殿の……! 藤華様ッ!」


 最後まで言い終わらないうちに、月花殿目指して駆け出して行く。

 私もつられるように後を追いつつ、再び頭の中で露草さんに問い掛けた。


(露草さん! もしかして()()は……まさかとは思うけど、千草ちゃんが関係してるんですか!?)


 少しの沈黙の後。


(わたくしにはわかりかねます。ここからでは何も見えませんし……。ですが、まことに火事なのですか? 火の手が上がっているのですか?)


(ここからでは煙しか見えませんから、火事だと断言はできませんけど……。でも、ものすごい量の煙なので、やっぱり火事なんじゃないかと思います!)


(そんな……。ああ、どうしたらよいのでしょう。わたくしのせいで千草が……)



 露草さんの泣きそうな声に胸が痛んだ。


 だけど、今は同情してる暇なんかない。

 走りながらでも彼女と話して、どうすれば千草ちゃんを助けられるのか考えなきゃ!



(露草さん! 本当に火事だったら香華殿だって危険です! 御付きの人達に事情を話して、早く安全な場所へ避難してください! 無事避難が完了なさってから、お話の続きをしましょう!)


(いけませんわ、リア様! 火事なのでしたら、わたくしなどよりリア様の方が危のうございます! 藤華様のご無事を確認なさりたいとのお気持ちはわかりますけれど、火事や藤華様のことは、御付きの者や役人らにお任せして、お早くお逃げくださいませ!)


(大丈夫です! 藤華さんの無事が確認でき次第、私もすぐに避難します! 私の護衛――大切な人も一緒です! 問題ありません! ですから露草さん、一刻も早く逃げてください!)


(リア様……!)



 そこで、二~三分ほど沈黙が続いた。



(今、女官数名に確認させましたわ。……やはり、月花殿が火事のようです。少しですけれど炎も見えたとのことでした)


 また露草さんの声がして、ホッとしたものの。

 内容を聞き、一気に不安が押し寄せてきた。


(やっぱり月花殿が……。あっ、ホントだ! ここからも炎が見えてきました!)


 香華殿の敷地の角まで来ると、ようやく月花殿の端っこが見えてきて。

 まだ燃え広がってはいないようだけど、御所は木造の建物しかないから、他に燃え移るのも時間の問題に思えた。


(わたくしは他のところに移れるようですので、どうかご心配なさらないでください。ただ、周りに他の者達がいると意識を集中できませんので、しばしお話できなくなることをお許しくださいませ)


 露草さんを他の場所に移そうと、女官さん達が動き出したらしい。

 私は『わかりました。どうかお気を付けて』と返事して、カイルに追いつくためスピードを上げた。


「カイル、もっと急ごう! 他に燃え移っちゃったら大惨事だし! 火を消すことを第一に考えなきゃ! 藤華さんも心配だけど、彼女には白藤――この国の神様がついててくれてるから、危険な目には遭ってないと思うんだよね!」


「えっ、神様が?……そうだったのですか。少し安心いたしました」


 カイルはホッとしたように表情をゆるめたけど、すぐにまた、厳しい顔つきになって。


「ですが、他に燃え移らないようにするにはどうしたら……。この国には水道が築かれておりませんし、川から水を運ぶのでは手間も時間も掛かりすぎます」


「うん、そこなんだよね。私が元いた世界なら、あの程度の火事の消火は、あっと言う間にできちゃってたと思うんだけど……。この国に似た時代には、まだ消防署と同じような組織はなかっただろうし」


「え? 『この国に似た時代』? ショウボウショ……とは?」


「あっ。……え、えぇっと……。ううんっ、なんでもない! そんなことより、どうやって火を消すかだよね!」



 カイルにこの国に似た時代――奈良や平安のこと、消防署のことを話しても、理解してもらえる自信ないし。

 理解してもらえるよう、ていねいに説明するとしても、かなりの時間を要する気がするし。


 う~ん……。

 自分から言っといて迷惑この上ないけど、ここはサラッと流してもらうとしよう!



「火を消す方法か……。大量の水が短時間で運べないなら、江戸時代の火消しみたいに、周りの建物を壊しまくって延焼を防ぐ、って方法くらいしか思い浮かばないけど……」


「建物を壊す!?――ですか?」


 カイルが驚いたように声を上げ、私の方を振り返った。


「……確かに、その方法であれば延焼は防げるかもしれませんが。壊すのにも時間が掛かりますし、第一、壊す道具がすぐに集められるかすら、定かではございません。相当な人手もいるでしょう。御所の建物を勝手に壊すわけにも参りませんし、帝に許可をいただくとしても、やはり時間が掛かってしまうかと……」


「そ――っ、……そっか。そーだよね。いろいろとややこしいんだ……」



 うぅ……っ。

 火を消す方法で他に思いついたのが、江戸時代の火消ししかなかったから、ついポロッと言っちゃっただけなんだけど。

 カイルの言う通り、すぐに実行できる方法じゃなかったか……。


 でも……じゃあ、どうすればいいの?

 モタモタしてたら、御所中が火の海になっちゃうよ!



 モクモクと立ち上る灰色の煙を、走りながら見上げる。

 良い消火方法が見つけられないまま、焦りばかりが募って……。

 心臓のバクバクが、さっきからちっとも治まってくれない。


 御所の敷地は広大だ。

 だけど、ほとんどの建物は渡り廊下で繋がっている。

 火の勢いの弱いうちに消してしまわないと、大変なことになってしまう。


 どうしよう。どうすればいいんだろう?

 そんな言葉だけが、ぐるぐると頭を巡っていた時だった。


(リナリアとやら!)


 露草さんとは違う、聞き覚えのある声が頭で響き、私はハッとして立ち止まった。

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