声の主、判明
頭に響いた女性の声は、露草さんに違いない。
そう思った私は、カイルと共に香華殿の近くまでやって来た。
だけど、辺りはシンと静まっていて、何かが起こっているような気配は微塵も感じられない。
「う~ん……。外側から見た限り、事件やら事故やらが起こっている様子はないなぁ。露草さんに何かあったんなら、御付きの人達が大騒ぎしてるはずだし……。だとすると、さっき聞こえた声は露草さんじゃなかったのかな」
自信がなくなってきた私は、うぅむとうなりながら腕を組んだ。
カイルは私に視線を移し、かすかに首をかしげる。
「そうなのですか?……その女性は、『いけない』『やめて千草』とおっしゃっていたんですよね?」
「うん。そう聞こえたけど……」
「では、何かが起こったのは露草様ではなく、千草の方なのではないですか?」
「あっ、そっか。そーだよね。千草ちゃんに何かあったとするなら、場所はこことは限らないのか」
「ええ……。ですが、困りましたね。今ここに千草がいないとするならば、いったいどこにいるのか……。彼女の行きそうなところなど、私には見当もつきませんし」
「……だよね。もちろん私もわからないし……。あっ! 萌黄ちゃんならわかるかな?」
「ああ、そうですね。萌黄に訊ねればわかるかもしれません」
「じゃあ、月花殿に行ってみよう! あさげの片付けに行ったきり戻ってこないということは、藤華さんのところに行ってる確率が高いだろうし」
「あ……。申し訳ございません、お伝えするのを忘れておりました。萌黄と雪緋は今、藤華様からご用を申し付けられているはずです」
「えっ? 藤華さんのご用?……って何?」
どうりで戻ってこないはずだと納得しながら訊ねると、カイルはかすかに頬を染め。
「いえ、あの……。実のところを申しますと、藤華様は……私と姫様を二人きりにしてくださるおつもりで、雪緋と萌黄にご用を申し付けてくださったのです」
「ええっ、私とカイルを二人きりに!?」
「……はい。何があったのかは知らないが、二人でよく話し合った方がよいとおっしゃいまして……。雪緋と萌黄は、わたくしがどうにかして引き留めておくから、その間にリナリア姫殿下の元へお行きなさいと。……藤華様は、全てお見通しでいらっしゃったのです。私が記憶を失っているということが、嘘だということも。私がザックス王国の者だということも。私と姫様が、どのような関係であったかということまで」
「ああ……。うん、そーだね。私とお話してくださった時も、そんなようなことおっしゃってた。私がこの国に来るってわかった時も、私達がこの国に着いた日も、カイルの様子が変だったんだって。それに、最初は私の護衛をするのは嫌だって言い張ってたのに、途中で『やっぱり私に任せてください』っぽいこと言い出したんだってね。藤華さん、すっごく困惑してたみたいよ?」
「えっ! 藤華様は、姫様にそのようなことまでお話していらっしゃったのですか?」
「うん。萌黄ちゃんから、私とカイルがザックスの言葉で話してたみたいだって聞いた時、やっぱりカイルはザックス王国の民に違いない、って思ったんだって」
「そ……そうだったのですか……。始めから、全てお気付きでいらっしゃったのですね……」
顔のみならず、耳の方までほんのり赤らめつつ、カイルは片手で口元を押さえてうつむいた。
必死に隠してたつもりだったのに、藤華さんには全部見透かされていたことが、よほど恥ずかしかったんだろう。
「あ……えー……っと……。でもっ、ほら! 藤華さんは巫女姫でいらっしゃるんだから、勘が鋭くて当たり前じゃない? 全部バレてたとしても、恥ずかしく思う必要なんてないよ! 私なんて、つい最近までコローっと騙されちゃってたし! べつに、カイルのお芝居がヘタとか、そーゆーことじゃないと思うなぁ~」
落ち込んでいるらしい彼を、励ましたかっただけなんだけど。
カイルは『芝居が……ヘタ……』とつぶやいた後、さらに深くうつむいてしまった。
「あ……あ~……」
私自身は、カイルの芝居がヘタだなんて思ってたワケじゃない(と思う)のに。
ついうっかり、余計なことを口走ってしまった。
ああ~、もう!
ホントに私ってヤツは!
心の中で自分をぶん殴っていると、
(リナリア姫殿下!――いいえ、リア様! どうかお助けください! わたくしでは、もう萌黄を止められないのです――!)
また、頭の中で声が響いた。
「――露草さん!?」
……だよね?
露草さんとお会いしたのは、たった一度きりだけど。
その時、私が『リアって呼んでください』ってムリにお願いしたら、最初は恐縮なさってたけど、『それでは……リア様、と』って、最後には受け入れてくれたもの。
だから……私のことを『リア様』って呼ぶのは、今は露草さんしかいないはず。
やっぱりこの声の主は、露草さんだったんだ!
「露草さん! 露草さんなんですよね!? 『お助けください』って、何があったんですか!? 『もう萌黄を止められない』って、いったい――?」
心でも同じことを考えながら、カイルにも聞こえるよう声を出す。
前に萌黄ちゃんが、『私の心が、すべてわかってらっしゃるんじゃないか』って言って、露草さんを怖がってた理由が、今わかった。
彼女が薄々感じてたように、露草さんは能力者――精神感応能力者だったんだ!
(時間がありません! どうかそのまま、わたくしの言葉をお聞きください。そして萌黄を――あの子を救ってやってください!)
再び頭に響いた声に、事情はまだよくわからないながらも、『わかりました』と返事した後。
私はカイルに『ごめんね。後で説明するから、今はこっちに集中させて』と、頭を指先で叩いてお願いした。