頭に響いた声
「なっ、何よそれ!? 見せつけるなんて、そんな……どーしてそんなヒドいことするのっ!?」
カイルが藤華さんを抱きしめた理由。
それが〝私に見せつけるため〟だったと知り、私はカッとなって大声を上げた。
「あの時私が、どれだけ傷付いたと思ってるのよ!? カイルが記憶喪失って教えてもらったばかりだったし……あの場面見て、カイルが藤華さんのこと好きになっちゃったのかなって、すっごく心配だったんだから! なのに何なのよ、〝見せつけるため〟って!?」
カイルを責め立てているうちに、涙がにじんできてしまって。
私は片手で目のふちをぬぐいながら、思い切り彼をにらみ付けた。
「あ……。ち、違うのです姫様! 正確に申しますと、見せつけると言うより、その……あの時はまだ、姫様への想いを断ち切らなければと考えておりましたし、ギルフォード様とご婚約なさっているのだと信じ込んでおりましたので。もし、本当に姫様がお近くにいらっしゃるのだとしたら、『私のことは気になさらなくても大丈夫です』『ギルフォード様とお幸せにおなりください』と、そうお伝えするつもりで……。大変恐れ多いことではございますが、藤華様を抱きしめさせていただいたわけなのです」
「え……っ。じゃあ、あの時は……ギルと私の幸せを願って――私を忘れるつもりで、あんなことを?」
「……はい」
小さな声で答えると、カイルは辛そうにまつ毛を伏せた。
……そ、か……。
あの時はまだ、ギルと婚約解消したってこと、知らなかったんだもんね。
選ばれたのはギルだと思ってたから、あんな場面見ても、私が傷付くとは思わなかったのか……。
……ううん。
むしろ、今は藤華さんのことが好きなんだと思い込ませることで、私の罪悪感を軽くしようとしてくれた……?
カイルじゃなくギルを選んだことを、私が気にしてるだろうと思って、それで……?
カイルがそう言ったわけじゃないけど。
なんとなくそんな気がして……申し訳なさで、胸がキュッとなった。
「そう……だったんだ……。ごめんね。勝手に早とちりして、責めるようなこと言っちゃった」
「い、いいえ! 私の言い方が悪かったのです。姫様がお気になさる必要はございません!」
「……ううん、カイルは少しも悪くないよ。だって、私がギルを選んだって思ってても、そのことを私が気にしないでいられるようにって、大丈夫なフリしてくれたり、今は藤華さんを好きなんだって、信じ込ませようとしてくれてたんでしょ?……私なんて、不安と嫉妬でぐるぐるしてただけだもん。なんだか情けなくて……」
私が自己嫌悪でうなだれていると、カイルは『えっ?』と驚いたような声を上げた。
「不安と、嫉妬……? 姫様は……嫉妬してくださっていたんですか?」
声の響きに戸惑いや疑いが混ざっているような感じがして、思わずムッとなった。
「するよ! そりゃあするに決まってるでしょ! 目の前で、好きな人が他の女性と抱き合ってたら、嫉妬するなって方がムリに決まってるじゃない!」
「……そう……なのですか……?」
またしても、カイルは疑いの色をにじませながらつぶやく。
さらにムカッときて、言い返そうと口を開いたとたん、彼はふわりと微笑んだ。
「ああ……そうなのですね。嫉妬する役割は、私が一身に担っているのだとばかり思っておりました。姫様も嫉妬してくださっていたなんて……。どうしよう、すごく嬉しいです」
「え……っ? う、嬉しい……?」
「はい。嬉しいです、とても。この国にお出でになってからというもの、姫様はあのイサークとかいう人と、常に楽しそうにしていらっしゃいましたので。私は嫉妬で身を焦がし続けておりましたが……姫様も同じようなお気持ちを抱いてくださっていたなんて。こんなに嬉しいことはございません」
本当に嬉しそうに微笑んで、カイルはそっと私を抱き寄せた。
そして私の頭に顔を埋めながら、うっとりと『ああ……姫様』とつぶやく。
「そ……そんな、大げさだよ。嫉妬なんて誰でもするでしょ? こ……恋人同士なら、なおさら……」
自分から『恋人』なんて言うことに、まだ慣れていないせいか、一気に顔が熱くなる。
私は恥ずかしさをごまかすため、ギュッとカイルの服をつかんだ。
「そうかもしれませんが……。それでも嬉しいのです。嫉妬しているのは私ばかりではなかったと、知ることができましたので」
「そ……そーゆーもの、なの?」
「はい。そういうものです」
「……そ、か……」
お互いにホカホカした気持ちになって。
私達は人目を心配することなどすっかり忘れて、しばらくの間抱きしめ合っていた。
幸い、そうしている時に、他の人の気配を感じることは一度もなかったんだけど。
『いけない! やめてちぐさ――ッ!』
突然。
頭の中で女性の声が響いて、私はハッと息をのんだ。
「えっ!?……ち、ちぐさ……って?」
顔を上げ、ドキドキしながら辺りを見回す。
……誰もいない。
「姫様? どうかなさったのですか?」
不思議そうに首をかしげているところを見ると。
今の声は、カイルには聞こえなかったんだろうか……?
「急に女性の声がしたの。『いけない! やめてちぐさ!』……って。カイルは聞こえなかったの?」
「女性の声?……いいえ。私には聞こえませんでしたが……」
「……そう。なんだったんだろ、今の……?」
ちぐさ、って……やっぱり、千草ちゃんのことなのかな?
やめてって……千草ちゃんに何かあったの?
それに、あの女性の声……聞き覚えがある。
数日前、たった一度だけお会いした……。
「露草さん――」
「え?……露草様?」
「うん! 今の声、露草さんみたいだった! お会いした時は、か細いと言うか、弱々しいお声だったから、今聞こえたハッキリした声とは、ちょっと印象が違うけど……。でも、たぶん露草さんだったと思う!」
「では、露草様と千草に何か――?」
「わからない! わからないけど……。でも、なんだか嫌な感じがするの。あの声を聞いたときから、胸のドキドキが止まらなくて……」
私の言葉を信じてくれたのか、カイルは真剣な顔でうなずく。
「承知しました! 露草様がお住まいの香華殿に、急ぎ確認に参りましょう!」
そう言って体を反転させ、顔だけを私に向けて誘う。
私も応じるようにうなずいて、同時に香華殿目指して駆け出した。