浮気の疑いアリかナシか?
藤華さんと抱き合っていたのは何故かと訊ねたら。
カイルは裏返った声を上げた後、顔を赤くして絶句してしまった。
私は彼の返答をしばらく待っていたんだけど、いつまで経っても沈黙したまま。
いい加減しびれを切らし、
「ちょっとカイル! いつまで黙ってるの!? すぐに理由を話せないってことは、何か都合の悪いこと――私には言えないよーなことがあるってこと!?」
大声で責めるようなことを言ってしまったら、カイルは焦ったように首を振った。
「い、いいえっ! 決してそのようなことは! 姫様にお話できないことなど、何もございません!」
「ホントに? だったら早く話して」
「あ、ああ……はい」
カイルは困り顔でうつむき、あごに片手を当てて、しばらく考え込むようにしていた。
それから意を決したように顔を上げ、
「その前に、確認しておきたいのですが……。姫様がおっしゃった『あの時』というのは、その……神結儀が執り行われた日――のことですよね?」
私がどういう反応をするか、おびえているかのように訊ねる。
「うん、そう。正にその日よ! 月花殿のお庭みたいなところで、二人で抱き合ってたでしょ!」
「そ、そんな! 抱き合うなどと恐れ多い――!」
「えっ、抱き合ってたんじゃないの?……じゃあもしかして……藤華さんがつまずいたか何だかして、とっさに体で受け止めただけ、とか……?」
……いや。
とてもそんな風には見えなかったけど。
そーよ! あれは絶対〝抱き合ってた〟!
だって、カイルの手が藤華さんの背に回されて、しっかりギュウって感じで抱きしめてたもの!
転びそうになったのを体で受け止めただけなら、あそこまで強く抱きしめた状態にはならないはず!
そんな確信を持って、カイルをまっすぐ見つめる。
彼はドキッとしたようにまぶたを数回瞬かせ、気まずそうに視線を外した。
「いえ、あの……抱きしめたのかと問われましたら、その……そうです、としか申せませんが……」
「やっぱり! 藤華さんを抱きしめたことは認めるのね!?」
「…………はい」
背中を丸め、蚊の鳴くような小さな声で、カイルは事実だと認めた。
だけど、すぐにまた顔を上げると、真剣な顔で訴える。
「ですが、違うのです! あの時の藤華様は、帝に大変心無いお言葉をいただいてしまったとのことで、『御所を出なければならなくなるやもしれません』『わたくしはもう、帝にとって何の価値もない人間なのです』と、少々取り乱していらっしゃいまして……。私が『そのようなことはございません。きっと何かの間違いです』とお伝えしましたところ、お気持ちが高ぶってしまわれたのか、私に泣きついていらっしゃったのです」
「……藤華さんの方から、カイルに抱きついてきたってこと?」
「は、はい。恐れ多いことながら……」
「……でも、カイルの方からも、ギュウウーーーって抱き返してたよね?」
「えっ!……あ、いえっ、その……」
ジト目で見つめる私を困ったように見つめ返し、カイルは頬を染めながら、視線をあちこちさまよわせている。
……怪しい。
いくら抱きつかれたって言っても、藤華さんのお気持ちを落ち着かせたり、慰めたりするだけなら、そっと肩に手を置く――とかだけでもよくない?
なのに、わざわざ抱きしめ返すなんて……。
カイルの方にも、藤華さんに対する気持ちが、いくらかあったからじゃないの?
「……カイル、正直に答えて。あの時、藤華さんを愛しく思う気持ちが……ちょっとはあったでしょ?」
「えっ?……ち、違います姫様! 私が愛しく思っているのは――常にお慕い申し上げているのは、姫様ただお一人だけです!」
思い切り首を横に振り、カイルは私の問いを否定する。
必死さが表情にも声にも表れていて、すぐに信じそうになってしまったけど。
ダメよ! そんなすぐに流されちゃ!
自分に言い聞かせてから、私は心を落ち着かせるためコホンとひとつ咳払いした。
「……あのね。べつに私、怒ってるわけじゃないのよ? 藤華さんは素晴らしく魅力的な女性だし、カイルが一瞬クラっときてしまったとしても、仕方ないことだと思うの。……だからね? 正直に打ち明けてくれさえすれば、私もこれ以上何も言わ――」
「違います! あの時私が藤華様を抱きしめ返してしまったのは、ほんの一瞬、姫様がすぐ近くにいらっしゃるような気がしたからです!」
「…………は?」
カイルの返答に間の抜けた声で応じた後、私はポカンとして彼を見つめた。
……え?
今、カイル……なんて言った?
確か……『私が藤華様を抱きしめ返してしまったのは、ほんの一瞬、姫様がすぐ近くにいらっしゃるような気がしたから』……とかって言ってたよね?
……え、どーゆーこと?
どーして私が近くにいるような気がすると、藤華さんを思い切り抱きしめるの?
……え……え?
それって、まさか――……。
「私に……見せつけたかった、ってこと……?」
信じたくない結論に行き着いた私は、恐る恐る訊ねる。
――否定してほしい。
キッパリ否定してほしかった……のに。
彼の口からこぼれたのは、
「はい。……そのように思ってくださって構いません」
という、肯定の言葉だった。