紫黒帝の嫉妬
「……そっか。藤華さんの好きな人って、やっぱり紫黒帝だったんだ」
呆然としながらつぶやくと、カイルはもう一度うなずいた。
「はい。ご幼少のみぎりより、藤華様は帝をお慕い申し上げていたそうです。どなたにも打ち明けることはできなかった、とのことですが……」
「そう…………って、え? 誰にも打ち明けられなかったのに、カイルには教えてくださったの?」
疑問に思って見返すと、彼は眉を八の字にして薄く笑った。
「教えてくださったと申しますか……。実は私も雪緋も、以前からそうなのではないかと思っておりまして」
「えっ、雪緋さんも? 藤華さんの想い人は紫黒帝って、昔から気付いてたってこと?」
「はい、そのようです。お二人とも、必死に隠していらっしゃるご様子でしたが……なんと申しますか、素直な方々であらせられますので。実のところ、察すること自体は、さほど難しいことではございませんでした」
「ふぇ~……そーなんだ? 紫黒帝の反応は、確かにわかりやすかったけど……。藤華さんもなの?」
「はい。……あ、ですが……藤華様が素直なお心をお示しになられますのは、私や雪緋のような御側付きの者――しかも、ごく少数の者の前のみですね。帝の御心は、その……たぶん、私と雪緋しか気付いていないような気がいたします」
「えっ、そーなの?……でも、どーしてそー思うの?」
「それは、その……」
言葉を切り、カイルは気まずそうに目をそらす。
理由がわからず、私がキョトンとしていると、彼は小さくため息をついた。
「帝は少々こ゚気性が荒くていらっしゃいますし、短気と思われるところも、決してないとは申せませんが……。それでも、普段はとてもお優しく、愛情深い方であらせられます。ですが、その……滅多なことではお怒りになどならない帝が、私と雪緋にだけは、そのぅ……当たりが強い、と感じられるようなことがたびたびございまして……」
「『当たりが強い』?……えっ!? 二人にだけ厳しいってこと!?」
「……はい」
今度はやたら深々とため息をついて、カイルは片手でひたいを押さえた。
もしかしたら、今まで紫黒帝からされたことの数々を、思い出しているのかもしれない。
「二人だけに厳しいってゆーのは……えーっと、もしかして……嫉妬……とか?」
なんとなく事情がのみ込めてきた気がして、カイルの様子を窺いながら訊ねる。
彼は即座にうなずいて、
「はい。おそらく、そうなのだと思います」
そう答えた後、困ったものだというように、ゆるゆると首を横に振った。
「特に雪緋は、藤華様が月禊なさる時、ずっとお側でお守りする役目をおおせつかっておりますので。お役目を終えるたびに呼び出され、ネチネ――……いえ、月禊の間、藤華様のご様子はどのようであったかや、『必要以上に近付いてはおるまいな?』『無礼な真似はいたさなかったであろうな?』『藤華の禊を覗きなどしたら、朕は決して許さぬぞ!』などと、責め立てられているようです」
「うわぁ……やっぱり」
雪緋さんに同情しながら腕を組み、私も首を横に振る。
紫黒帝って、年齢の割に子供っぽいところあったりするもんね。
藤華さんのお話だと、幼い頃は〝好きな子についつい意地悪しちゃう〟タイプだったみたいだし。
……まあ、好きなのに言えない、ずっと側にいたいのにいられない立場からすると。
常に側にいられるカイルや雪緋さんが、羨ましくて妬ましくて……って気持ちも、わからなくはないけど。
それに……ホント言うと私だって、この国に来てからは、ずっと藤華さんが羨ましかったもの。
いつもカイルの側にいられて、いいなって。
一年ほど前まで、そこは私のいる場所だったのに……って、寂しくて辛くてたまらなかった。
だから……。
紫黒帝の言動に呆れる資格なんて、私にはないんだよね。
「……姫様、いかがなさいました? そのように、浮かないお顔をなさって――」
二人の仲を誤解していた時のことを思い出し、沈み込んでしまっていると。
私の頬にそっと片手を当て、カイルが心配そうに訊ねてきた。
「あ……。う、ううんっ? なんでもない!……ちょっと、思い出しちゃっただけ」
「思い出す?」
「……うん」
「何をです? どのようなことを思い返されたのですか?」
「どのようなって、それは……。え、と……カイルと藤華さんが――」
そこでまた、あることを思い出した。
紫黒帝に閉じ込められた時、白藤に外まで連れ出してもらって……月花殿の庭で、カイルと藤華さんが抱き合ってるところ、見ちゃったんだんだった……。
……どうして?
なんであの時、カイルは藤華さんと抱き合ってたの?
藤華さんとは、ただの〝護衛と主人〟って関係なんだよね?
なのにどーして……どーしてカイルは……。
なんだか、またモヤモヤしてきちゃった。
このままずっと黙ってるのも、私の精神衛生上よろしくないし。
……うん。
この際、ズバッと訊いてしまおう!
「ねえ、カイル!」
「はっ、はい?……急に大きなお声で……いかがなさいました?」
カイルは驚いたように目をパチクリさせているけど、構わず続けた。
「あの時、どーしてカイルは藤華さんと抱き合ってたの!?」
ド直球の質問をぶつけたとたん。
「はっ、はいぃっ?」
――思わず笑っちゃいそうなほど、彼の声が裏返った。