巫女姫の想い人
カイルが漏らした〝れつじょう〟の意味がわからなかった私は。
呆れられたに違いないと、シュンとしてしまっていたんだけど。
彼は呆れるどころか、何故か嬉しそうにも見えて。
機嫌良さそうに私を抱きしめながら、頭を何度もなでてくれた。
でも……何故だろう?
ギルに頭なでられた時は、
(もうっ! 人を子供扱いして!)
――なんて感じで、ムカッとしてしまった記憶があるのに。
カイルになでられると、少しくすぐったいけど、心がポカポカあったかくなるような気がして。
……うん。
全然イヤじゃない。
むしろ、このままずっとなでていてほしいような……。
彼の腕の中で、永遠に閉じこもっていたい……なんて、そんな願望まで……。
「……って、イヤ! ダメだってば!」
私は夢から覚めたみたいにパチっと目を見開くと、慌てて顔を上げて首を振った。
「……『イヤ』? それに『ダメ』とは……?」
拒絶されたと思ったのか、カイルは傷付いたように眉根を寄せた。
誤解されてしまうと焦った私は、これでもかというくらいブルブルブルと首を振る。
「ちっ、違うの! カイルがイヤとかダメってことではなくて!……あの……こんなとこ誰かに見られたら、変な噂立っちゃうかもしれないし……。だから、えっと……そろそろ離れた方がいいかな、って思って……」
そーなのよ。
カイルの腕の中があんまり心地よくて、忘れてしまうところだったけど。
イサークは先生に連れられてどっか行っちゃったから、当分戻ってこられないとしても。
萌黄ちゃんと雪緋さんが、いつ戻ってくるかわからないんだし。
……こうして、いつまでも抱き合ってるワケにもいかないじゃない?
「よいではありませんか。どなたに見られようとも」
「うん。でしょう? どなたに見られようと…………って、えええッ!?」
当然同意してくれるものと思っていたから、ついついうなずいてしまったんだけど。
カイルの口から信じられないような言葉が発せられ、驚いて大声を上げてしまった。
「ど――っ、どどっ、どなたに見られてもって! な、ななな何言ってるのカイルっ!?」
どもりながら訊ねる私を、彼はものすごくケロッとしたような顔で見つめ返している。
まるで、『何故驚かれているのかわからない』とでも思っているかのような……。
「私と姫様は、恋人同士ではないのですか?」
「――えっ?」
トートツに質問が飛んできて、目をパチクリさせてしまった。
「恋人同士であるならば、共にいるところをどこのどなたに見られようと構わないでしょう?」
「ええっ? か、構わないって、そんな……っ」
……えぇえええっ!?
も……萌黄ちゃんに見られても!?
……雪緋さんに見られても、カイルは構わないってゆーのっ!?
「だ……っ、ダメだよっ!! 雪緋さんはまだともかく、萌黄ちゃんに見られるのはマズイってば!」
「……何故です?」
「何故って、だって……っ! 萌黄ちゃんはまだ子供だしっ! それに、藤華さんはカイルのことが好きなんだって、何故か萌黄ちゃんは信じ込んでるみたいだったし!」
「ならば、なおさら良い機会ではございませんか。私と姫様は恋人同士であるのだと、萌黄に教えてあげればよいでしょう?」
「ええっ!?……だ、ダメだよ! 萌黄ちゃんにバレちゃったら、必ず藤華さんにも話が伝わっちゃうじゃない!」
「……は? 何故、藤華様に伝わってはいけないのです? この際ですから、藤華様にもご報告申し上げればよろしいではありませんか」
「ダメだよ!! だって――っ」
「……『だって』?」
「だ……だって……。だって、藤華さんは……」
……カイルが好き……かも、しれないんだし……。
なんてことはさすがに言えなくて、私が口ごもっていると。
カイルは『……ああ。もしや姫様は――』と、何かに思い至ったかのような顔をして。
私を真剣に見つめてから、顔つきを和らげてフッと笑った。
「え……?」
笑みの意味がわからず戸惑う私の頬に、彼はそっと片手を当て、耳元に口を寄せる。
「姫様は、藤華様の想い人が私なのではないかと、気にしていらっしゃるのですか?」
「――っ!」
図星を指され、反射的にカイルの方へ顔を向けた。
その時の私の顔には、『なんでわかったの?』と書いてあったに違いない。
彼は再びクスッと笑い、私を胸元に抱き寄せた。
「ご安心ください、藤華様の想い人は私ではございません。私などと比べることすら恐れ多い、もっとずっと尊いお方――。この国にとって唯一無二、最高位のお方であらせられます」
「……え? 『比べることすら恐れ多い』……『もっとずっと尊い』? それに、『最高位のお方』……って……」
…………え?
え……っ、ええっ!?
もしかして……。
ううん、絶対それって――!
その時、私の頭に浮かんだのは。
当然のことながら、たった一人しかいなかった。
〝恐れ多い〟やら〝尊い〟やら、おまけに〝最高位〟とまで言われてしまったら。
どんなニブい人だって、わかってしまうに決まってる!
「じゃ……じゃあ、藤華さんの好きな人って、やっぱり――」
とっくに答えは出てたけど、一応確認のため、カイルをじっと見つめる。
彼はいたずらっ子っぽい笑みを浮かべながら、大きくうなずいた。