久方ぶりの逢瀬
先生とイサークが行ってしまうと。
私とカイルはそっと顔を見合わせ、同時にプフッと吹き出した。
「アハハっ、すっごい! 先生があんな大声で笑うなんて!」
「ええ、本当に。オルブライト様でも、声を上げて笑うことがあるのですね」
言葉を交わした後も、私達はしばらくの間クスクス笑いを止められなかった。
いつも厳しい顔やら呆れ顔、無表情な先生しか見たことがなかったから。
てっきり、〝大口開けて笑うことができない人〟なんだろうなーなんて思ってたのに。
意外や意外。
ああいう笑い方もできるんだと、なんだかある意味感動してしまったのよね。
私は目のふちを指先でぬぐいながら、横にいるカイルに目をやった。
「ねえねえ、カイル。そう言えば、あれも意外じゃなかった? 背も高くて筋肉もそこそこついてるイサークを、あんなに細身で勉強ばかりしてきたような先生が、ガシッと片腕つかんで引っ張って行っちゃったでしょ? イサークも必死に振りほどこうとしてたみたいなのに、びくともしてなかったし。もしかして……あの見た目からは想像できないくらい、実は力持ちだったりするのかな?」
「それはわかりかねますが……。実のところ、私も驚愕しておりました。数日ほど山中を歩き回っていたともおっしゃっていましたし。オルブライト様は、私達が思っている以上に身体的能力が優れていらっしゃるのかもしれませんね」
「うん。そうなのかも。この目で見てなきゃ信じられなかっただろうけど、実際見ちゃったもんね。……でも、う~ん……力持ちの先生、ねぇ……」
言いながら、ムキムキマッチョな体つきの先生を、ポワワンと想像してしまったんだけど。
……あまりの似合わなさに、思わず首を振りまくってしまった。
「姫様? どうかなさいましたか?」
急に首を振ったりした私を見て、変に思ったんだろう。カイルは心配そうにこちらを見つめている。
焦った私は、もう一度首を振りながら、
「なんでもないっ。こ、こっちのことだから気にしないでっ?」
取りつくろうようにニヘラと笑ってごまかした。
一瞬怪しむような顔をしたものの、それ以上彼が追求してくることはなく、ホッと胸をなで下ろす。
でも、それも束の間。
「ならばよろしいのですが……。どうか、お加減がすぐれない時はご無理なさらず、すぐにおっしゃってくださいね? 姫様は、ご自身のことよりも周囲の者達のことばかり優先なさいますから、心配でたまらないのです」
カイルは私の頬を両手でやわらかく包み込むと、気遣わしげにじっと見つめる。
たったそれだけのことなのに、妙にドキドキしてしまって。
焦った私は、彼の両手を素早くつかんで顔から離すと、思い切りうつむいた。
「だ、ダイジョーブだってば!……もうっ。カイルってば気にしすぎなんだから。私、そんなにヤワじゃないもん」
心配性の彼に、体中熱くしながら訴えるけど、カイルは腰を落として私の顔を覗き込んできた。
「――っ!」
とたんに目が合って、反射的に目をつむる。
すると、
「何故、私を見てはくださらないのですか?……もしや、私はまた何か……姫様のお気にさわるようなことを……?」
彼の寂しげな声が響いて。
「違う! カイルは気にさ――っ」
『気にさわるようなことなんてしてない!』
――そう言おうとした私の口を、彼の唇がふさいだ。
「――っ、……ん……」
驚いて、つかんでいた彼の手首から両手が離れてしまった。
その隙に、彼はキスをしたまま抱きすくめてきて……。
たちまち頭がぼうっとなって、体から力が抜けて行く。
恥ずかしくて、目を開けることも抱き返すこともできなかった私は。
しばらくの間、彼の腕の中でじっとしているしかなかった。
どれだけの時が経ったのか。
何度もキスを繰り返していたカイルは、ようやく唇を離してくれた。
それでもまだ、体は彼に抱きすくめられたまま。
「ああ……もどかしいですね。私から誓っておいて勝手なものですが……口づけだけでは耐えられなくなりそうです。今すぐにでも、その先に進みたくてたまらない――」
「ええっ!?」
ギョッとして顔を上げると、彼は熱っぽい瞳で私を見つめてから、クスリと笑った。
「……ご心配なさらずとも、約束は守りますよ。劣情のまま突き進むような真似はいたしません。どうかご安心ください」
「……れつ……じょう?」
……ねつじょう、じゃなく?
れつ……れつじょうって、どーゆー意味なんだっけ?
言葉の意味が思い出せず(そもそも、知ってる言葉なのかどうかも自信ないけど)、考え込む私を見て、カイルはまたおかしそうに笑う。
「れつじょう、の意味が……おわかりになりませんか?」
「えっ?……あー……うん。たしか……えーっと、なんとなく聞いたことがあるような気はするんだけど……思い出せなくて」
……ヤダな。
カイルに『学のない子』って思われちゃったかも……。
……うぅ……っ、穴があったら入りたい……。
恥ずかしくてうつむく私を、力強く抱きしめて。
「恥じる必要などございませんよ。姫様はお知りにならずともよろしいのです。……どうか、そのままでいらしてください」
カイルは耳元に口を寄せ、そっとささやいた。