ルドウィン国の執事
「お目通りをお許しいただき、恐悦至極に存じます、リナリア・ザクセン・ヴァルダム姫殿下。ルドウィン国で執事をおおせ付かっております、ウォルフと申します。我が主、ギルフォード・ルーン・ガーディナーの命により、参上つかまつりました」
対面するやいなや。
その場にひざまずいて、ものすごく丁寧な挨拶を始めた彼――ルドウィン国の『神の恩恵を受けし者』、ウォルフさん。
私は完全に度肝を抜かれ、言葉を失ったまま、静止してしまっていた。
「姫様? 姫様っ。いかがなされました? お早くウォルフ様にお声掛けをっ」
背後から、セバスチャンにヒソヒソ声で促され、ようやく我に返った私は、慌てて椅子から立ち上がった。
「ここっ、こちらこそっ! おはっ、お初にお目に掛っ、掛かりっ――ますっ。リ、リナリアと申しますっ。よろしくお願いしますっ!!」
直角に腰を折るほどの勢いで頭を下げ、挨拶を返す。
すると、すぐさまセバスチャンに、
「ひっ、姫様っ! 姫様はお座りになっていてくださいませっ。他国の使者に対して頭を下げるなど、一国の姫君がなさることではございませんぞっ?」
などと、注意されてしまった。
内心メチャクチャ焦りながら、ガバっと体を起こす。
「えっ、そーなのっ!?……って……まあ、そっか。私、この国の姫なんだもんね。簡単に頭下げたりしちゃ、いけないんだっけ……?」
そー言えば。
確か、先生からも、そんなよーなことを教わったよーな……。
……マズイ。
スタートから失敗したぁ~……。
恥ずかしさと情けなさで顔を熱くしたまま、私は椅子に腰を下ろした。
「えーっと……。と、とにかく顔上げてください、ウォルフさん。私、ちゃんとお顔を見て、お話したいです!」
こーゆー返しも、きっと姫らしくはないんだろーな……。
でも、姫らしい挨拶の仕方なんて、とっくにどっか飛んでっちゃってたから。(一応、事前に練習はしといたんだけどね。ウォルフさんを目にしたとたん、綺麗さっぱり忘れちゃった)
さっさと諦めて、私は自分らしい言葉で伝えた。
ウォルフさんは、『はい。それでは、失礼いたします』と言ってから顔を上げ、まっすぐにこちらを見つめて来る。
……はー……。
やっぱり、見れば見るほどカッコイイ……。
同じ『神の恩恵を受けし者』のはずなのに、うちのセバスチャンとは大違いだわぁ……。
……って、あれ……?
うっわ!
よくよく見ると、この人ったらオッドアイだ! 左右で瞳の色が違う!
きゃ~~~っ、どーしよ!?
ますますカッコイイ~~~~~っ!!
顔が狼の上に、オッドアイだなんて最っ高っ!!
いいわいいわぁ~~~。
素っ敵過ぎるわぁ~~~。
それからあの、銀色に輝くフサフサの毛並み!
くぅ~~~っ、思いっ切りナデナデしてみたいっ!!
うっとり見惚れてため息をつく私に、
「姫様っ、姫様っ。そのように長々と凝視なされましては、ウォルフ様に失礼でございますぞっ」
再び、セバスチャンから小言が飛んで来た。
「あ……。そ、そっか。ごめんなさい。毛の色と瞳の色が、あまりにも綺麗だったから。つい、見惚れちゃって……」
謝って、素直に頭を下げる。
ウォルフさんは、ドキッとするくらい渋く――でも、ちょっぴり甘さも感じさせる魅惑的な声で、
「いいえ。お褒めいただき、誠に光栄に存じます。姫殿下のお言葉、私の生涯の誉れとなりましょう」
そう言うと、まるで笑っているかのように目を細めた。
顔は狼(?)で人間じゃないから、喜怒哀楽を読み取るのは難しいけど。
この人はたぶん、人間の顔してても、そーゆーのが読みにくいタイプのよーな気がする。
イメージとしては、オルブライト先生を、もっと人当たりよくしたよーな……。
でもやっぱり、一筋縄では行かないタイプ?
う~ん……。
うまく言えないけど、そんな感じがするなぁ。
「リナリア姫殿下。我が主よりの書状をお読みいただきまして、私がここへ遣わされたおおよその事情は、すでにお察しいただけているかと存じます。更に、詳しいご説明をさせていただきたいのですが、お許し願えますでしょうか?」
「――あ。はいっ、もちろん。お願いします」
「ありがとうございます。それでは、外で控えさせている二名の入室を、お許しいただけますか?」
「二名……。あっ、はい! どーぞっ!」
言い忘れてたけど、今、私達がいるのは謁見室。
――実は、そんな仰々しい部屋が、この城に存在してたなんて、ついさっきまで知らなかったんだよね。
この〝森の城〟は、姫のためだけの城って聞いてたし。
謁見とか何とかって、そーゆーメンドクサ――……じゃない。大変そうなことは、全部王様の仕事なんだと思ってたから、そんな部屋があること自体、オドロキだった。
……もしかして。
お父様じゃなく、私に会いたいってやって来る人も、これから先は、現れちゃったりするんだろうか?
だとしたら困るなぁ。……そんなややこしい役目、国を継ぐまでは絶対ないだろうって、気楽に考えてたのに。
そんなことを思いながらうつむいいてたら。
ウォルフさんがドアを開け、廊下にいたらしい二人を呼び寄せてる声がしたから、つられて顔を上げた。