長々としたお説教
先生から蘇芳国に来ることになった経緯などの説明を求められたカイルは、私に話していいか確認してから、しぶしぶ事の顛末を語った。
「……なるほど。つまり君は、我が国の姫から届いた書状により、城に戻ってきてほしいとの要請を確認。処々の事情で読むのが遅れてしまっていた君は、返事を書く間も惜しいと帰路についた。……が、あと少しで城に着くというところで、姫君と隣国王子の口付けを目撃し、激しく動揺した君は……気が付くと舟に乗っていた、と。そういうわけなのだな?」
「はい。そのとおりです」
「乗り込んだ舟はザックス王国の客船とは違い、非常に小さく不安定だった。そのため、あと少しで蘇芳国に到着するというところで転覆。君は命からがら岸に流れ着いたが、記憶を失くしたと偽ったことによりこの国の役人に怪しまれ、捕縛された。そのまま投獄されても仕方のない状態だったところを、この国の巫女姫に救われ……行きがかり上、護衛を務めることになったと。この認識で間違いないかね?」
「はい。間違いございません」
カイルから全ての話を聞いた後、先生は深々とため息をついた。
「まったく。何をやっているんだ君達は? 恋だの愛だの浮かれているから、そのように人騒がせな事柄を発生させるのだ。だいたい、我が国の姫君と隣国王子の口付けを目撃したからと言って、『気が付くと舟に乗っていた』というほどの衝撃を受けるものかね? 元護衛君の説明したとおりであれば、姫君と隣国王子の口付けを目撃した場所から船の上までという長い距離を歩いておきながら、その間一度も現実に戻らず、夢うつつ状態だったというわけだろう?……あり得んな。たかが口付け現場を目撃したというくらいで、舟の上までの記憶が飛ぶなどとは、とうてい信じられん」
呆れたように言い切ると、先生は再びため息をつく。
疑われていると感じたのか、カイルは悔しげに唇を噛んだ後、
「『信じられん』とは、どういうことでございますか? 私が偽りを申しているとでもおっしゃりたいのですか?」
厳しい顔つきで先生を見つめ、心外だと言うように意見した。
先生も厳しい顔でカイルをひとにらみすると。
「偽りと決め付けることはできんが、疑いたくなる告白ではあるだろう。――たかが、口付けを目撃しただけだぞ? その程度のことで、いちいち〝記憶が飛ぶ〟などということが起こるだろうか? 悪いが、にわかには信じられんな」
「た――っ、『たかが』『その程度で』などと申されますが。私にはその『たかが』が、強く激しい衝撃を受けるほどのことだったのです! オルブライト様のように常にご冷静でいらっしゃるお方には、おわかりいただけないことかもしれませんが……。私は、断じて偽りなど申しておりません!」
顔を赤くして抗議するカイルを前にしても、先生は相変わらず落ち着いている。
そればかりか、『くだらん』とでも言いたげな顔つきで、
「ああ、わからんな。たかがその程度のことで、数刻分の記憶を飛ばす君という人間が、私には全く理解できん。恋い焦がれる相手と好敵手が口付けしていたとして、それが何だと言うんだ? 口付けなど、唇と唇との接触に過ぎんではないか。その程度のものを目撃したとて、記憶まで飛ぶかね? 私なら、多少の衝撃を受けたとしても、その場ですぐさま口付けした意図を二人に問うだろう。決して、記憶が飛んだりしないと断言できるがね」
長々と告げたあげく、フッと皮肉っぽい笑みを浮かべた。
言い返したい気持ちはあると思うものの。
何も言い返せないまま、カイルは真っ赤な顔でうつむいてしまった。
二人がやり合っている間、私はハラハラしながら成り行きを見守っていることしかできなかったんだけど。
ふいに、先生はこちらに目を移すと、今度は私に向けてお説教を開始した。
「先ほどから呆け顔で様子を窺っているようだが、君も君だぞお姫様。隣国王子の熱情に流されてかどうかは知らんが、一応君は、ここにいる元護衛君を選んだわけだろう?――にも関わらず、いつ人が通り掛かるかわからぬような場所で、隣国王子に請われるままに口付けと抱擁を許すとは何事かね? どう考えても不用心すぎるだろう。選ばれたはずの護衛君に対しても、配慮が足りない上に無神経であることは、君も否定できまい。……まったく。以前から飽きるほど忠告していると思うが、君という人間は、常日頃から警戒心や慎み深さというものが欠けすぎているのだよ。これも何度も言っているが、一国の姫であるという自覚が足りなすぎるのだ。今回のことも、通り掛かったのが元護衛君のみだったからまだよかったものの、他の者であったなら、そしてまた、その目撃者が口の軽い人間だったりしたらどうなっていたと思う? 婚姻前に軽々しく色恋事にうつつを抜かしているふしだらな姫君と、噂が広まっていてもおかしくなかったのだぞ? そのような醜聞は君だけでなく、父君であらせられるクロヴィス国王陛下の責任問題にも至る恐れがある。ひいては、ザックス王国全体の評判にも関わってくるのだよ。そういうことを、相変わらず君は少しも理解していない。君の教育係を仰せつかっている身としては、全くもって迷惑この上なく、先が思いやられる状況であると言わざるを得ないな」
クドクドネチネチとした叱責の後、先生は三度目のため息をついた。