小さな諍い
「わ、わかった! わかったから! カイルの言いたいことはよーくわかったから、今は離れてーーーーーッ!!」
恋人同士になったとたん。
まるで性格が変わってしまったかのように、甘く迫ってくるカイルに耐えられなくなって、私は大声で訴えた。
……そりゃあ、旅立つ前夜のカイルは、今以上に妖しい艶っぽさがあったり、強引だったりもしたけど。
あの時は精神的に不安定だったから、あんな感じになっちゃってただけで……。
本来の彼は、もっと控えめで穏やかで、純情で照れ屋さん……だったはず。
少なくとも、こんな風に迫ったりできるような人じゃなかった。
……なのに、なんだろう?
急に抱き締めてきたり、照れもせずに『口付けと抱擁をさせていただく権利』がどーのこーのとかって言っちゃったり。
ザックスにいた頃の――知り合ってすぐの頃の彼と比べたら、まるで別人みたいに思える。
……もしかして、二重人格だったり……?
そんな疑惑すらチラリと脳裏をかすめてしまうくらい、私は混乱していた。
だけど、そんな私の様子を面白がってるみたいに。
彼はクスクス笑いながら顔を離し、
「申し訳ございません。姫様があまりにもお可愛らしい反応をなさるものですから、少々調子に乗ってしまいました」
そう言って、私を優しく抱き寄せる。
「えっ?……それって、どーゆー……?」
恐る恐る訊ねると、彼は再びクスリと笑って。
「刺激的なことを申し上げたら、姫様がどのような反応をお示しになるか……拝見してみたかったのです。予想どおりに恥じらっていらっしゃる姫様が、大変お可愛らしく……。『ああ、少しもお変わりになっていない』と、嬉しくなってしまったのです」
「嬉しく……? 嬉しいと、カイルは人をからかうの?」
「フフッ。からかってなどおりません。姫様が少しもお変わりになっていないことを、この目で確かめたかっただけです」
「え……? なに? どーゆーこと? 私が相変わらず単純で、面白かったってこと?……やっぱりからかったの? 『口付け』だの『抱擁』だのって言ってたのは、冗談だったってこと?」
私がいちいち恥ずかしがってるのがおかしくて、からかってたの?
やっぱりからかってた――ってことなんでしょ?
ちょっとムッとしながら見上げる私を、困ったように見つめ返して。
「ですから、『からかってなどおりません』と申し上げたではございませんか。私の言葉や態度で、姫様がお可愛らしく恥じらうご様子を見ていたかった――というだけの話です」
「むぅ~……。だからっ、それがからかってるって言ってるの! 私がカイルの一挙手一投足で、みっともなく慌てたりうろたえたりする様子が、コッケイだったって言いたいんでしょ? それを見ていたいってことは、やっぱりからかってたんじゃない! 『可愛い』って言葉付ければごまかせると思ったら、大間違いなんだからねっ?」
軽くにらみつつ抗議すると、彼はますます困ったように眉根を寄せ、私の頬に片手を当てた。
「そんな、ごまかすなどと……。心からの想いを申し上げたまでのこと。からかう意図などございません」
「ウソっ! そーやって甘い言葉でからかって、面白がってただけなんでしょっ?……ひどい……。ようやく会えたってゆーのに。やっと誤解も解けて、恋人同士になれたって喜んでたのに……からかって遊ぶなんて悪趣味すぎるよ! まるでギルが乗り移っちゃったみたい! そんなの、私の知ってるカイルじゃないっ!」
とっさに発してしまった言葉だったけど、即座に後悔した。
カイルの表情が一変し、私の頬に添えられた手が、ピクリと反応したのがわかったから。
「あ――……」
マズいと思って口を閉ざしたけど、手遅れだった。
カイルは暗い眼差しで私を見つめ、そっと頬から手を離すと、今度は肩に移動させて。
「『ギルが乗り移っ』た……ですか。それは申し訳ございません。姫様といらっしゃる時のギルフォード様が、どのような態度をお取りになられるかなど、存じ上げなかったものですから。……そう……ですか。姫様の御前では、ギルフォード様は今の私のような態度をお取りになり……姫様のお可愛らしい反応をご覧になっていらっしゃったと。お二人で、よくそのように戯れていらっしゃったのですね」
言いながら、肩に置かれた手に力がこもって行くのが感じられ、私は慌てて首を振った。
「ちっ、違うってば! 戯れるとか、そんなほのぼのした感じじゃなくてっ。いっつもからかってくるから、ムッとして言い返したりしてただけだよ!」
「……姫様は、お怒りになった時ですら、大変お可愛らしくていらっしゃいますから。ギルフォード様も、さぞや楽しい時をお過ごしになられていたことでしょう。……少々、妬けてしまいますね」
「な――っ、なによそれっ? 怒った時でも可愛いって、それ……ぜーったい、バカにしてるでしょ!?」
「バカになどしておりません。事実を申したまでです」
「ウソウソっ! 怒っても可愛いって、〝怒っても全然怖くない〟ってことでしょ!? バカにしてるじゃない!」
「ですから、バカになど――」
「ほう? これはいったいどうしたことだ? 護衛の大男に用があって来てみれば、ずいぶんと懐かしい顔がいたものだ。消息を絶って久しいが、まさか、このような遠い異国に流れ着いていたとはな。いやまったく、驚かせてくれるものだ」
突如、ここ最近聞いていなかった声が間近で聞こえ。
ギョッとなった私とカイルは、同時に声のした方を振り返った。