疑念融解
カイルが目撃したという、ギルとのキスについて。
これから説明しようと思っていたところを直前で言い当てられ、私は混乱した。
「え……。カイル、なんでわかるの? 私、まだ何も言ってないよね?」
不思議に思って訊ねると、彼はフッと笑みをこぼす。
「聞かずともわかりますよ。……私も同じでしたから」
「同じ? 同じって……?」
「お忘れですか? 私が旅立つ前夜のことを――」
「旅立つ前夜?……あっ」
……そうか。
あの時のカイルは、すごく気持ちが不安定で……。
「思い出してくださいましたか?――そうです。私もあの日、不意打ちで姫様の唇を奪うという卑劣な真似をいたしました。……もしもあの時、姫様からのお許しをいただけていなければ、私はまず間違いなく、罪人として捕らえられていたでしょう。ですが……そのように追い詰められた経験のある身だからこそ、容易に思い至れるのです。姫様とのお別れが決定的となった瞬間、ギルフォード様がどのような感情をお抱きになり、どのような行動をお示しになられたか」
穏やかだけど沈んだ声で告げられ、私の胸はキュッと痛んだ。
私が二人を同時に好きになったせいで。
それぞれに、期待と不安、どちらも抱かせてしまったんだ……。
「ごめんなさい。私が『どっちも好き』なんて優柔不断なこと言っちゃったから……結局、ギルもカイルも傷付けちゃったんだよね。ギルの願いを拒めなかったせいで、長い間、カイルにも誤解させちゃってたみたいだし……。ごめんね。本当にごめんなさい」
「いいえ。どうかお気になさらないでください。あなたのこととなると冷静な判断が下せなくなる、己の未熟さが招いた結果なのですから。姫様が責任をお感じになる必要などございません。……まったく。少しも成長できていませんね、私は。嫉妬に駆られてあなたに口付けをしてしまったあの夜から、何も変わっていない。まことにお恥ずかしい限りです」
「そんなっ、そんなことない! 私が悪いの! ギルに不意打ちでキスされた時だって、すぐに突き飛ばすか逃げるかしてれば、あなたに誤解されずに済んでたかもしれないのに、私が拒めなかったから……」
「姫様……」
「でもね? やっぱり言い訳になっちゃうかもしれないけど……あの時は、ギルから流れ込んでくる感情が後ろ向きのものばかりだったから、怖くなっちゃったの。ここで彼を突き放したら、どうかなっちゃうんじゃないかって。拒んだら、彼の心が壊れてしまいそうな気がして、すごく怖かった。……けど……やっぱり私が悪いんだよ。いつもハッキリした態度を取れない私が。ギルもカイルも悪くない。私だけが悪いの!」
「姫様。そのようなことをおっしゃらないでください。全ては、私自身が招いたことなのですから」
「ううん! 私だよ! カイルは悪くない!」
「いいえ! 悪いのは私です! 姫様のお優しいご性質を存じていたにもかかわらず、信じ切れなかった私が悪いのです!」
「違う違うっ! カイルは悪くないの! 私が――っ」
「そのようなことはございません! 私が――っ!」
「違うってば! 私が――っ」
「いいえ! 私がっ」
「私が悪いのっ!」
「私が悪いのです!」
二人の声が重なり、ハッとして顔を上げる。
とたん、バチッと目が合って、しばしの沈黙の後――。
「プ――ッ!」
同時に吹き出して、私達はアハハと笑い合った。
「フ……フフッ。……何やってるんだろーね、私達」
「ええ、本当に。お互いが『悪い』『悪い』と……」
「『悪い』の大安売りだったね?」
「フフッ。……まったくです」
私達は再び見つめ合い、どちらともなく顔を近付けて……そっと唇を重ねた。
短いキスだったけど、それで充分だった。
「姫様――!」
彼は強く私を抱き締め、今にも泣き出してしまいそうな声で想いを吐き出す。
「長かった……! 再びあなたをこの胸に抱く日を、幾度夢見たことか! 夢見るたびに切なくて……苦しくて、いっそこのまま、暗い海に身を投じてしまおうかと、思ったことすらございました」
「そんな、やめてっ!……そんな怖いこと言わないで!」
とっさに彼を押し戻し、訴えるように見上げると。
彼は穏やかに微笑んで、改めて私を胸元に抱き寄せた。
「申し訳ございません。姫様をおびえさせるつもりはなかったのですが……」
「まさか――。もしかして、船舶事故に遭ったっていうのは……?」
「ご安心ください。自ら身を投じたわけではございません。あれはまことの事故でございました」
「……そっか。よかった……」
心の底からホッとして。
私は彼の背中に手を回し、しがみつくようにギュッと抱き締め返す。
「事故ではございましたが……。私は、あの事故を境に己を殺すつもりでおりました。――いいえ。カイル・ランスという男を殺した後、全く別の男として、一生を送るつもりでいたのです」
「えっ?……一生?」
「はい。ですから、この国の役人から取り調べを受けた時も、記憶を失くしたフリをしました。予想どおり怪しまれ、危うく罪人として拘束されるところでしたが……それでもよいと思っていたのです」
「カイル――!」
思わずゾッとして、背中に回していた手を離す。
彼の両脇の服をつかみ直し、上を向くと――非難の意を込めて見つめた。