想いが溢れて
イサークを見送った後。
私は『さて』とつぶやいて、くるりと振り返った。
目が合ったとたん、大きく目を見開いたカイルに、
「言い訳になっちゃうかもしれないけど……聞いてくれる?」
不安を押し隠すため、薄く笑いながら訊ねる。
彼は気まずそうに目をそらし、か細い声で『お好きなようになさってください』と、観念したようにつぶやいた。
「うん。じゃあ――あの日のこと、ちゃんと説明するね?……え、と……。途中、話が前後したり、肝心なところ抜かしちゃったりして、わかりにくい部分が出てきちゃうかもしれないけど……。その時は、話さえぎってもいいから指摘してね? 理解してもらえるまで、何度でも説明し直すから」
うまく話せる自信がなくて。
一応前置きをして、私はあの日のことを語り始めた。
カイルからの返信を待っている間、ギルから手紙が届いたこと。
その手紙には、『明日、神様の下で会いたい』というようなことが書かれていたこと。
そして、ギルが指定した『明日』が、カイルの言っていた『あの日』で――。
私はその約束の場所で、自分が本当に好きなのはカイルだと伝えたと――まずはそこまでを話した。
「本当に、好きな人……。それが私だと、ギルフォード様にお伝えしたのですか?」
カイルは大きく目を見開いたまま、微かに震える声で訊ねた。
私はコクリとうなずいて、彼の目をまっすぐ見返す。
「うん。……伝えたよ? ちゃんと伝えた」
……正確なことを言えば。
ギルに『私ではなくカイルに、気持ちは定まってしまったんだね?』みたいなことを訊かれて、うなずいただけなんだけど……。
自分の口から言ったわけではないにしろ。
気持ちを伝えたことには違いないんだから、肯定しちゃってもいいんだよね?
内心ドキドキしていると、カイルは緊張しているかのような硬い声で。
「それで……ギルフォード様は、どのようなお返事を?」
「どのような、って……。それは……あの……」
あの日のことを思い返しながら、答えようとした瞬間。
『嫌だッ!!』
悲痛なギルの声が脳内で響き、私は思わず口をつぐんだ。
『嫌だ嫌だ嫌だッ!! 君を失うなんて! 君が永遠に、私の元からいなくなるなんて……。そんなのは嫌だッ!! 私には耐えられない!!』
『リア……。お願いだ。考え直してくれないか……? カイルではなく、私を選ぶと。私の恋人になると。……頼む。頼むからそう言ってくれ!』
『君でなければダメなんだ。君以外考えられない。君がいてくれないと私は――!』
いつも余裕ある表情で、態度で、私をからかったりしていたはずのギルが。
あの日だけは、余裕なんて少しも感じられない様子で、私に懇願してきて――。
……そうだ。
思い出すと辛くなるから、あの日以来、ずっと胸にしまい込んでいたんだった……。
「姫様――!」
カイルの声で現実に引き戻され。
私はハッと目を見開き、彼の方に顔を向けた。
「……悲しいお別れをなさったのですね。思い出すだけで涙が溢れてしまうほどに、悲しく、切ないお別れを――」
カイルの言葉で、自分が泣いていることに気付いた。
私は片手を目の淵に持って行き、そっと涙をぬぐう。
「あ……あれ? ヤダな。私ったら、いつの間に……」
意識したとたん、大粒の涙がこぼれた。
後から後から溢れてはこぼれ、溢れてはこぼれ……たちまち涙の大安売りみたいになってしまう。
「ご、ごめんね。すぐに泣き止むね? 泣き止むから……ちょっとだけ待ってて?」
私は両まぶたをゴシゴシこすり、涙を止めようと頑張った。
だけど、『泣いちゃダメ』とどれだけ心の内で言い聞かせても、全然止まってはくれなくて……。
「……ごめんね、なんか……。なんか……あれ?……アハハ。止まってくれないや。……もう。ヤダな。こんなはずじゃ……こんなはずじゃ、なかった……のに……」
あの日失った、彼の大きな温かい手。
頭を何度も撫でてくれた懐かしい温もりが、ふいによみがえってきて。
あの日封じ込めたはずの想いが、切なさが、一度に押し寄せてきて。
……どうしよう。
いっこうに心が凪いでくれない。
「姫様!」
「ヒ――ッ?」
いきなり抱き締められ、短い悲鳴のような声を上げてしまった。
こんな流れは予想していなかったから、一気に鼓動が速くなる。
「どうか、ご無理をなさらないでください。……もう、よろしいのです。全て承知いたしました」
やわらかい声が耳元で響き、思わず『えっ?』と声が漏れた。
……『もうよろしいのです』?
『全て承知いたしました』って……いったい、何が?
「思い出すだけで涙をおこぼしになるほどに、お辛い想いをなさったのですね。それほどの痛みをお抱えになられても尚――。それでも尚、この私を……選んでくださったのですね。それだけでもう、充分です。それ以上は……何の説明も必要ございません」
「……カ……カイル……」
「思えば、即座に予測できたことでございました。あなたは、救いを求めて伸ばされた手を、すげなく振り払えるようなお方ではない。私が一番理解できなければいけないことでしたのに……。申し訳ございません。あの日は嫉妬に目がくらみ、肝心なことに思い至ることができませんでした。あの日あなたは、ギルフォード様に請われて口付けを……いいえ。もしくは、不意打ちで口付けをされてしまっただけだった。これが最後だからと哀願され、拒むことができなかっただけなのですね」
「えっ?」
まだ何の説明もしていないのに。
あの日起こったことを見事に言い当てられ、私は彼の腕の中で固まった。