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思い掛けない仲裁者

 カイルの放ったセリフによって。

 『あの日』がいつのことなのか、ようやくわかった。


 ――ギルとお別れした日だ。

 正式に婚約解消して、ギルを深く傷付けてしまった日……。



 まさかあの日――しかもあの場所に、カイルがいたなんて。

 ギルとの別れのキスまでも、見られてしまっていただなんて。



「……そんな……」


 予想すらできなかった現実に打ちのめされ、一瞬、気が遠くなった。

 よろめいたとたん、後ろに倒れそうになった私を、


「おいっ!――大丈夫か、姫さん!?」


 イサークが素早く手を伸ばし、体を支えてくれた。


「……うん。ちょっとめまいがしただけ。……ありがとう、イサーク。もう大丈夫だから」


 力なく笑ってみせてから体勢を整え、私は恐る恐るカイルの顔色を窺う。



 彼はまだ、私をにらんでいた。

 激しい怒りを、必死に抑え込もうとしているように見えたけど。

 それでも、私への恨みや憎しみの感情は、顔に表れてしまっている。少しも隠し切れていない。


 ……当然だ。


 カイルに『戻ってきてほしい』という手紙を出しておきながら。 

 彼の前でギルとキスして――体を預けてしまっていたんだから。


 故意であるはずがないし、私にとって、キスは事故のようなものだったけど……。


 いきなりのキスを、拒めなかったのは事実で。

 『最後にもう一度、抱き締めさせてほしい』という願いを受け入れてしまったのも、また事実。



 あの時のギルの感情は、真っ暗な闇にのみ込まれてしまっているような――すごく危うい状態のように思えて。

 このままだと、彼がどうかなってしまうんじゃないかって、怖くて……。


 どうしても、突き放すことができなかった。



 だけど、その時、カイルが離れたところから見ていたんだとしたら。

 そもそも、私達がどういう雰囲気だったかなんて、わかるはずもないし。

 遠くから見たら……ただのラブシーンに見えてしまっていたのかもしれない。


 ……だとしたら。

 どれだけ言葉を尽くして説明しても、きっと、言い訳としか思ってもらえない。そんな気がする。



 ……どうしよう。

 どうしたらいいんだろう?

 いったい何を言ったら、私が本当に好きなのはカイルだって、信じてもらえるんだろう?


 あの時はああするしかなかったけど。

 心から側にいてほしいと思っているのはカイルなんだって……どうしたらわかってもらえるんだろう?



 ……言い訳だと思われてもいい。

 全て話してしまいたい。


 でも――!



 ……やっぱり怖い。

 怖いよ……。


 カイルに信じてもらえずに、完全に拒絶されてしまうのが。

 嫌われてしまうのが怖い……。



 ――ああ、情けない――!

 私はいつから、こんな臆病者になってしまったの?


 カイルもギルも同じくらい好きだと思っていた時は、正直に『二人とも好き』って言えてたじゃない!


 なのに、どうして?

 なんでカイルには、本当のことが言えないの?

 嫌われてもいいからって、勇気を出すことができないの――!?



 どうしていいのかわからず、ただ見つめ返すことしかできなかった弱虫な私を。

 にらむように見つめていたカイルは、気持ちを落ち着かせるかのように目を閉じると。


「……言い訳すら、していただけないのですね」


 思い詰めたような声色で、ポツリとつぶやいた。


「え……っ」


 意外な言葉に、ドクンと心臓が跳ね上がる。

 言い訳してもよかったのだろうかと、微かな迷いが脳裏をよぎった。

 次の瞬間、


「おいっ、テメー! いい加減にしやがれッ!」


 まるで豪速球でも投げ付けるように、イサークが一歩足を前に出して言い放った。


「さっきから黙って聞いてりゃあ、ウジウジウジウジグダグダグダグダ、何なんだテメーは!? やめろだのウソだの聞きたくねーだのって言ってたと思やあ、しまいにゃ『言い訳すらしていただけないのですね』、だぁ!? ざっけんなよこのっ、根暗ムッツリヤローがッ!! テメーが言ってっことコロコロ変えやがっから、姫さんが何にも言えなくなんじゃねーか! いってぇどっちなんだよ!? 姫さんに何か言ってほしーのか、ほしくねーのか!?」


「な――っ」


 カイルは悔しそうに顔を赤く染めると、今度はイサークをにらみ付ける。


「あ、あなたには関係ないでしょう! これは私と姫様だけの問題です! 横から口を挟まないでくださいッ!!」


「うっせー! こちとら邪魔かと思ったから、今まで黙っててやったんじゃねーか! なのにテメーがいつまでもいつまでも軟弱なこと言ってやがっから、ただ聞ーてんのも飽きちまったっつんだよ! 横やり入れられたくねーっつーんだったら、いつまでもグジグジ言ってねーでハッキリさせやがれ! 姫さんが好きなんだろ!? こんな遠い国に流れ着いて何日も何十日も何百日も経って、それでも忘れらんねーってほどに好きなんだろーが!? だったらいつまでも逃げ回ってねーで、ちゃんと真正面から姫さんと向き合え! 二人でとことん話し合えよ! 許せるか許せねーか考えんのは、それが済んでからでも遅くはねーだろ!」


「……イサーク……」


 部外者であるはずの彼が、私とカイルのことを心から心配して、仲を修復させるための手助けをしてくれている。

 ――そんな風に思えて、ひたすら感動してしまっていた。


 イサークはくるっとこちらに顔を向け、私の肩を軽く叩くと、


「――ま、そーゆーこった。俺はちょっくら、裏山で体動かしてくるわ。そんまで二人で、積もる話でもしててくれよ。じゃーなっ」


 そう言って片手を上げ、悠々と裏山の方へ歩いて行く。

 少しの間、ボーッと彼の後ろ姿を見送っていた私は、ハッと我に返り、


「ありがとぉーイサークぅーーーっ! 鍛錬頑張ってねーーーっ! それから汗かいたら、ちゃんと川で洗い流してくるんだよーーーっ!」


 遠ざかって行く背中に向かい、めいっぱい両手を振った。

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