〝あの日〟起こったこと
さっきからカイルが言っている『あの日』って、いったいいつのことなんだろう?
――カイルが旅立った日?
でも、あの日は私、別れが辛くなるから見送りはしなかったし。
直接会ってないのに、傷付けることなんてできるのかな……?
暗い顔で『あの日のことを全てを話す』と告げたカイルと向き合いながら。
私はずっとあの日がいつのことなのかを考えていた。
……だけど、どうしても思い当たる日なんてなくて、私は途方に暮れてしまった。
もし、思い出せないだけなのだとしたら……。
カイルの言う通り、私はヒドい女なんだろう。
いつも穏やかな彼が、あそこまで怒りをあらわにしてるんだもの。
きっと、よほどのことをしてしまったんだ。
そう考えたら、彼の話を聞くのが怖くなってきてしまって。
私は緊張しつつ、彼の様子を窺った。
カイルの表情はずっと暗くて、見ているだけで胸が苦しくなってしまったけど。
私から目をそらしたまま、彼はポツポツと語り出した。
「あの日。私は姫様が送ってくださった書状を胸に、城へ戻ろうとしていました。書状には、こう書かれていたからです。『どうしても伝えたいことがあります。修行中ということを充分承知の上でお願いします。一度、こちらに戻って来てもらえませんか?』――」
「え……っ!」
彼の言葉に驚き、私は短く声を上げた。
その書状――手紙って……。
カイルが行方不明って知らせを受ける前に、私が彼に宛てて出した手紙だ。
……届いてたんだ。
ちゃんと受け取って、読んでくれてたんだ。
読んで、内容を全部わかった上で――戻ってこようとしてくれてた!
ああ……よかった。
セバスチャンから、カイルが泊まってた宿の主さんからの手紙に、
『書状を渡したら、その場で内容を確認し、慌てて荷物をまとめて出て行ってしまった』
みたいなことが書かれてたって、報告を受けてたから。
間違いなく手紙は届いてて、読んでもらえてるはず――とは思ってたけど。
宿屋の主さんを疑ってたわけではないものの。
直接この目で確かめてないし、ちょっと心配だったんだよね。
……でも。
届いてたのに。
戻ろうとしてくれてたのに。
どうして、その後の消息が途絶えてしまったんだろう?
……もしかして、事故か何かに巻き込まれて……?
自分の想像にヒヤリとし、軽く首を振ると。
彼はいっそう暗い声で続きを語った。
「受け取った書状の内容を誤解して、私は浮かれておりました。姫様の『どうしても伝えたいこと』。それはきっと、私を選んでくださったということなのだろうと。そのことを直接お伝えしてくださるために、急ぎ呼び戻そうとしておいでなのだと……思い込んでしまったのです」
口では『浮かれておりました』と言いつつも。
その声は明るくも弾んでもいなかった。
どこまでも暗い影を背負ったような彼に、
『そのとおりだよ? あなたが好きだとわかったから、直接伝えたくて手紙を書いたの』
伝えようと口を開いたとたん、ハッとする。
彼は憎しみのこもった目で私をにらみ、お腹の底から絞り出すようにして叫んだ。
「私は愚かでした! ただのみっともない道化でした! 姫様がお選びになったのは私ではなかった! 姫様がお選びになったのは、やはり――隣国の第一王子、ギルフォード様だったのですッ!!」
「…………え?」
一瞬、何を言われているのかわからなかった。
カイルが好きだってわかったから、手紙を書いたのに――。
なのに、どうして怒っているんだろうと不思議で仕方なかった。
ぼうっとする頭でしばらく考えた後。
ようやく、彼がとんでもない誤解をしていることに気付いた。
そうではないと主張するため、私は大きく首を振った。
「ちっ、違う違うっ!――何を言ってるのカイルっ? 私が好きなのはギルじゃない、あなたよ!? なのにどーし――」
「おやめくださいッ!!」
私の言葉を最後まで聞くことなく、彼はピシャリと鞭打つように叫んだ。
その鋭さにビクッとし、私は小さく身をすくめる。
「……もう、おやめください。これ以上……偽りを重ねるあなたを、見ていたくはございません」
こちらを一切見ようともせず、彼はつぶやくように告げた。
「偽り?……って……。ど……どーして? なんで信じてくれないの? 私が……私が好きなのはあなたよ? あなたが旅立った後、神様と話して……『おまえはとっくに、どっちが好きか選んでるぞ』って言われて……。それでわかったの。気付いたの。私はあなたが――カイルが好きなんだって! だから――っ」
「何度申せばわかっていただけるのです!? 偽りなど聞きたくないと――ッ!!」
「偽りなんかじゃないッ!! ホントに私はカイルが――」
「それでは何故ッ!?」
悲痛な叫びを発した後。
再び、彼は燃えるような目で私をにらみ付けた。
「何故、あの日あなたは、ギルフォード様と口付けを交わしていらっしゃったのです!? キツく抱き合っていらっしゃったのですか!? 私ではなく、ギルフォード様をお選びになったからなのでしょう!?」
詰問口調で問われた瞬間。
『あの日』の出来事が脳裏にまざまざとよみがえった。