五里霧中
私とイサークが『仲睦まじい』なんて。
ホントにカイルってば、どーしたらそんな風に見えるんだろう?
今は、たまたま優しかっただけで。
さっきカイルも言ってたように、普段のイサークは『言葉も態度もガサツで乱暴で、品の良さが少しも感じられない』人だし。
まあ……それでも、悪い人ではないんだけど……。
とにかく、カイルに『仲睦まじいお姿を、これみよがしに見せつけて』なんて言われてしまうような関係じゃ、絶対ないんだけどなぁ?
誤解されているのが納得行かなくて、私は困惑してカイルを見つめた。
彼はスッと目をそらし、
「ごまかすのはおやめください! あなたに振り回されるのは、もうたくさんなのです! お願いですから、これ以上私の心をかき乱さないでくださいッ!!」
体の脇で拳を握り締め、思わずビクッとしてしまうほどの声で訴える。
彼から放たれた言葉が胸を貫き、私の体はしばし凍り付いた。
……『ごまかす』?
私に『振り回されるのは』って……。
ごまかすだなんて、そんな……。
そんなことしてないし、するつもりだってないのに。
「どーして……。どーして、そんなヒドいこと言うの? 私が何をごまかしてるって言うのよ!? 私……カイルを振り回した覚えなんてない!」
考えてみても、何のことだかさっぱりわからなくて。
言い掛かりだとしか思えず、とっさに強い口調で言い返してしまった。
それでも彼は、少しもひるむ様子がなく。
「あなたにその気がないのだとしても、私が振り回されたという事実に変わりはございません!……あなたこそ、ひどいお方だ。苦しみから逃れるために、あなたから離れたというのに……こうしてまた、私の前にお姿を現してしまわれるのですから……」
「えっ?……苦しみから逃れる? 私から離れた?……ど……どーゆーこと? あなたが旅に出たのは、今よりもっと強くなって……武術大会で優勝するため、でしょ……? 旅立つ時に、そう言ってたじゃない。あれは嘘なの? 嘘だったって言うの!?」
まさか……すでにそこから、嘘が始まっていたの?
旅立つ時に私に話してくれたことは、全部嘘だったの……?
ショックで言葉を失っていると、彼は大きく首を横に振った。
「違います! 旅立つ時に姫様にお話したことは、嘘ではございません! 少なくとも、あの時の私の想いは全てまことでございました!」
「……『少なくとも』? じゃあ……今は違うの? あの時の想いは……もう失くなってしまったの……?」
私への想いは、今は失くなってしまっていて……。
もしかして今は、藤華さんのことを……?
「失くなってなどいません! 私は今もあなたのことを――っ!」
彼はハッとしたように言葉をのみ込み、素早く口元を片手で覆った。
「え、今も……? 今も……何? 今、何を言おうとしたの?」
彼の返答を待つ間、どうしても期待せずにはいられなかった。
今でも彼は、私のことを想ってくれていると信じたかった。
……でも、彼の口からこぼれたのは、期待していたような言葉なんかじゃなくて――。
「……今もあなたは……その言葉を私に請うのですか?……やはり、ひどい……残酷なお方だ……」
「――え?」
期待は一瞬にして絶望に変わり、私の心は再び凍り付いた。
『私は今もあなたのことを』。
このセリフの続きは、『想っています』か『お慕いしています』かのどちらかでは――?
そうであってほしいと願った私を、彼は『残酷』だと突き放した。
……何故?
好きな人が心変わりしていませんようにと願うことは、残酷なの?
……わからない。
彼が何を考えているのか……。
私を責める理由は何なのかが、どうしてもわからない。
「教えて、カイル……? 私はあなたに何をしたの? 私の何に傷付いて……あなたは私から離れたって言うの?……お願い。お願いだから教えて?」
胸の前で組み合わせた両手をキツく握り締めながら、私は彼をまっすぐ見つめる。
とたん、彼の顔には深い影がさし、瞳には失望の色が浮かんだ気がした。
「どうしても、思い出してはいただけないのですね……。あの日、あなたが私にお与えになったものを。二度と立ち上がれまいと思えるほどの絶望を。しかもそれを、私の口からお伝えせよとお命じに……?」
「ちっ、違う! 命じてるんじゃなくて、お願いし――」
「同じことです!!」
私の言葉をさえぎるように、カイルの声が飛ぶ。
その鋭さに思わず縮こまり、私はギュッと目をつむった。
「ご命令だろうとお願いだろうと、同じことです。あの日のことを、私の口から語らなければならないという事実は変わらない」
「……カ……イル……」
辛そうな彼の顔を見て、ズキリと胸に痛みが走る。
彼が言うように、やはり私は残酷なのかとも思えてくる。
……でも、考えても考えても、思い当たる節がなくて。
申し訳なさでいっぱいになりながらも。
彼が語ってくれる真実を、ただ待つことしかできなかった。
しばらくの沈黙の後。
彼は諦めたようにため息をつき、青ざめた顔を私に向けた。
「――よろしいでしょう。お話いたします。……あの日、何があったのかを。私が経験したことの全てを……」