ルドウィンからの書状
『心配してくださってありがとうございます。でも、私は大丈夫です』
そう言ってお師匠様と別れてから、私はクローゼットルームで服を着替え、足取り重く部屋へ戻った。
すると、また手紙らしきものを持ったセバスチャンが、
「姫様っ! 姫様大変でございます! ルドウィン国から書状が届きまして、ギルフォード様の執事であらせられますウォルフ様が、『他二名を伴い、来訪することをお許しいただきたい』とのことでございます!」
すごく興奮した様子で、私に駆け寄って来た。
「ルドウィンから? ギルの執事の……うぉるふ……さん?」
なんとなく首をかしげそうになったけど、次の瞬間、いつか塔の上で交わした、ギルとの会話が頭をよぎった。
『私の城にいる、“神の恩恵を受けし者”だよ。彼もセバスのように、国に仕えてくれているんだ』
――そーだ、ウォルフさん!!
ギルの城にいる、『神の恩恵を受けし者』の、ウォルフさんのことか!
「……え? でもなんで? なんでいきなり、そのウォルフさんって人がうちに来るの? ギルも来る……ってワケじゃ、ないんだよね?」
ギルのことを考えると、未だに胸がツキツキ痛む。
私は胸元に当てた手を強く握り締め、セバスチャンの返答を待った。
「はい。今回は、ギルフォード様はお出でにはなられません。ギルフォード様の使者として、ウォルフ様が参られるとのお話でございます」
「そー……なんだ」
……そーだよね。
数日前、あんな別れ方をしたんだもの。ギルが来るワケないよね……。
でも、ウォルフさんと……他二名、だっけ?
いったい、何のために?
わざわざ、この城に使いを出してまでの、ギルの用事――ってものの見当が付かず、私は困惑した。
それに、ウォルフさんって人だけなら、まだわかる気もするけど……『他二名』ってゆーのが、よくわからない。
「ねえ、セバスチャン。『他二名』って誰のこと? それについては、詳しく書かれてなかったの?」
「は、はい。私宛ての書状には、特に何も……。姫様宛ての、ギルフォード様よりの書状には、詳しく書かれているやも知れませんが――」
「え、ギルの書状!?……やだ、セバスチャンったら。ギルからの手紙もあったの? しかも、私宛て?」
「ピャッ!?……も、申し訳ございません! お渡しするのを失念しておりましたーーーーーっ!!」
そう言うと、セバスチャンは慌てて懐から手紙を取り出し、私の前へ差し出した。
「もーっ。相変わらず、うっかり者だなぁ。もうちょっと、しっかりしてくれないと困るよ?」
怒ってたワケじゃないんだけど。
セバスチャンに注意を促すため、あえて口をとがらせて、軽くにらみながら言ってみる。
彼はひたすら頭を上下させ、こちらを慌てさせる勢いで萎縮した。
「ももっ、申し訳ございませんっ!! 申し訳ございませんっ申し訳ございませんっ、申し訳ございません、姫様ーーーーーッ!!……うぅぅ……私が頼りないばかりに、姫様には、ご迷惑ばかりお掛けしてしまい……。爺は……爺は、役立たずの老いぼれでございますぅうう~~~ッ!!」
「――って、セバスチャンもーいいっ!! もーいーから、顔上げてっ? ちょっと言ってみただけだからっ! ホントに怒ってるワケじゃないからっ!」
「ですが……ですがこの爺は、毎度毎度、姫様にご迷惑をお掛けする一方で……」
「だーいじょーぶだってば!! 迷惑だなんて思ってないからっ!! むしろ、ちょこっと抜けてる方が、セバスチャンらしくていいよ。……ねっ? だから元気出してっ?」
「……ぬ……抜けている……。ピィィィ~~~……。姫様は……姫様は日頃より、私めをそのように……」
あー……、マズイ。
フォローのつもりで言ったのに、トドメの一撃になっちゃったっぽい?
翼で顔を覆い、さめざめと泣き出してしまったセバスチャンを前に、私は焦り、うろたえた。
う~ん。一度こーなっちゃうと、結構しつこく落ち込みまくるからなぁ……。
こりゃー、しばらくは何も言わず、そっとしといた方がいいかも。
そう判断した私は、セバスチャンから少し離れた場所の椅子を引き、腰を下ろした。
そして、手紙を緊張しながら開くと、見た目の印象とは少し違う、まるで、女性が書いたもののように整っていて繊細な、ギルの文字を目で追った。
手紙には、婚約解消の申し出を、正式にお父様宛てに送ったという報告と。
お父様と私にお願いがあり、使者としてウォルフさんを向かわせたと――大まかに言えば、二つのことが記されていた。
正式に婚約解消することは、すでに、私達の間で交わされていた事だから、驚きはしなかったけど……。
もうひとつの、私とお父様への『お願い』ってゆーのが、やっぱりよくわからなかった。
どーゆーお願いなのか。
そのお願いに関係するのが、ウォルフさんと一緒に来る『他二名』なのか。
それすら、ハッキリとは書かれていなかったから、私の頭は、ますます『?』でいっぱいになってしまった。
手紙には書けないよーな、深刻なお願いなのかな?
それとも、もっと他の理由……?
「まあ……何にせよ、来ればわかるか」
ポツリとつぶやいて。
私は窓の外に目をやり、ルドウィンの『神の恩恵を受けし者』、ウォルフさん(と『他二名』)との対面に思いを馳せた。