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真実を求めて

 カイルの口からギルの名が発せられた瞬間。

 私の心臓は大きく跳ね上がり、めまいがしそうなほど鼓動が速くなった。



 ……だって、彼が翡翠さんなら。

 記憶を失った〝翡翠さん〟という人物なんだとしたら。

 ここでギルの名前が出てくるなんて、どう考えても不自然だもの。


 もし、彼が本当に記憶を失っているのだとしても。

 ギルと私の関係性(元婚約者ということ)に詳しい人でもない限り、ここで唐突に、『ギルフォード』なんて名前を出してくるはずがない。



 今度こそ、彼がカイルだという確信を得られた気がした。

 緊張と不安と期待とが胸の内で渦巻き、吐き気をもよおしそうなくらいだった。


「ギルフォード、って……。なんでここで、ギルの名前が出てくるの? ねえ、翡翠さ――……ううん、カイル。やっぱりあなた、カイルだよね? カイルなんでしょう?」



 ……ね、そうでしょう?

 カイルなんだよね?



 答えを求めて見つめても、彼は暗い顔でうつむくばかり。何も言ってはくれなかった。

 だけど、今までのように否定しないってことは……。


 やっぱりそうなんでしょう?

 あなたはカイルなんだよね?



 じゃあ……藤華さんが言ってたように、記憶喪失っていう話は嘘だったの?

 今まで、記憶を失ってるフリをしてただけなの?


 それとも、最初は本当に記憶がなかったけど、どこかのタイミングで思い出したとか、そーゆー感じ?

 思い出しはしたけど、なかなか言い出すことができなかっただけ?



 だとしたら、ちゃんと言って?


 ここで正直に告白してくれたら、『どうして今まで黙ってたの?』とか、『なんでもっと早く話してくれなかったの?』なんてことは、絶対言わないから。



 ……ホントよ?

 一方的にあなたを責めたりしない。

 正直に話してくれたら、それだけでいいの。


 だからお願い。

 お願いよカイル。


 今ここで、洗いざらい打ち明けて――!



 祈るような気持ちで、彼に向かって一歩踏み出す。

 瞬間、彼はハッと息をのみ、青白い顔で私を見つめ返した。


「……ね、そうでしょう? あなたはカイル――カイル・ランス。一年ほど前までは、私の専属護衛だった人。優しくて、誠実で……純粋な騎士見習い。騎士になる夢を叶えるために、いつも真面目に、まっすぐに、努力し続けることのできる人。そして私の……私の、大切な……」


 途中から、自分の声が震えていることには気付いていた。

 みるみるうちに溢れた涙が、頬を伝い落ちていることにも気付いていた。


 だけど、どうしても抑えることができなくて……。

 涙を止めることもできなくて。


 高鳴る鼓動を静めるため、胸の前で両手を組み合わせ。

 私はただひたすら、みっともなく泣き続けることしかできなかった。


「姫さん……」


 その時。

 気遣うようなイサークの声がして。

 思わず見上げると、彼はぎこちなく私の頭を数回撫で、低い声で『泣くなよ』と言った。


「い……イサーク……」


 彼の声がいつもより甘く響いて、ちょっぴりドキッとしてしまったけど。

 彼なりに慰めてくれているんだろうなと、感謝の思いを込めて見つめ返した。


 すると、


「いい加減にしてくださいッ!!」


 私達の間の空気を切り裂くように、鋭い声でカイルが叫んだ。

 驚いて顔を向けた私の目に飛び込んできたのは、すごく怒っているような――だけど、今にも泣き出しそうでもある彼の複雑な表情だった。


 カイルは服の胸元を片手でギュッとつかみ、親の敵でも前にしているかのような目で、私をまっすぐにらみ付けた。


「あなたは――ッ!……あなたは何故、そのように私を苦しめ続けるのです? 私の気持ちをご存知でいらっしゃりながら、何故!? 何故なのですかっ!?」


「……え? 苦しめる、って……。ど、どーゆーこと? 私がいつ、あなたを苦しめたの?」


 戸惑うほどの怒りをぶつけられ、一瞬混乱する。

 彼が怒っている理由がわからず、私は黙ったまま答えを待った。


「苦しめているではないですか! お二人の仲睦まじいお姿を、これみよがしに見せつけて!――だいたい、その男は何者なのです!? 騎士や騎士見習いにしては言葉も態度もガサツで乱暴で、品の良さが少しも感じられない! 何故そのような男が、ザックス王国第一王女であらせられるリナリア姫様の護衛なのです!?」


 カイルはイサークを指差し、今度は彼をにらみ付ける。

 一方的に非難され、イサークが黙っていられるはずもなく……。


「なにぃッ!? 俺が姫さんの護衛で何が悪ぃってんだ! いきなりケンカ吹っ掛けてんじゃねーぞ! やんのかコラァ!?」


 案の定、両足を肩幅まで開き、両拳を握ってのファイティングポーズだ。


 こうなってしまっては、なかなか彼は止められない。

 仕方ないので、ここは放っておくことにしよう。



 今はそんなことよりも。

 カイルが放った言葉の、前半部分が引っ掛かる。



 確か、『お二人の仲睦まじいお姿を、これみよがしに見せつけて』……とかって言ってたよね?


 ……え?

 お二人って、誰と誰のこと?

 もしかして、私とイサークのことを言ってるの?


 ……え?

 私とイサークが『仲睦まじい』……?



「ちっ、違うよカイル! 誤解だよっ! 私とイサークは、あなたが考えてるよーな『仲睦まじい』間柄じゃないんだってばッ!!」


 とんでもない勘違いをされていると焦った私は、大きな声で否定した。

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