居眠りから目覚めたら
何やら騒がしい声がして、私はうっすらと目を開いた。
……え?
あれ?
ヤダ、私ったら。いつの間にか眠っちゃってたの?
……ああ、そっか。
すぐに戻ってきてくれるはずだった雪緋さんが、待てども待てども姿を現す気配がなくて。
おまけに今日は良い天気で、暖かかったものだから、ついウトウトしてきちゃって……それで……。
「おい、てめえ! 黙ってねーで何とか言えッ!!」
突然、聞き覚えのある声が響き。
ギョッとなった私は、反射的に声のした方へ顔を向けた。
目の前には、何故かイサークとカイルがいて。
イサークはカイルの服の襟元を両手でつかみ、カイルはと言うと、イサークを黙ってにらみ付けていた。
「えっ?……何? どーして二人が?」
すぐには状況が把握できず、思わずポカンとしてしまった。
だけど、
「何とか言えって言ってんだろーがッ! 聞こえねーのか、この――っ!」
拳を振り上げるイサークが目に入った瞬間、我に返る。
それまで私は、庭に面した広い縁側のようなところの端っこに座り、居眠りしていたらしいんだけど。
慌てて立ち上がり、二人の元に走った。
「ちょ――っ! やめてイサーク! 何があったか知らないけど、暴力はダメッ!!」
言いながら、振り上げている方のイサークの腕に、必死にしがみつく。
「ダメだってばっ! やめてよイサーク! カイルが――っ、じゃない! えっと、えーっと……。あっ。ひ、翡翠さんが、何したってゆーのよっ?」
軽いパニック状態で、ほんの一瞬、カイルの今の名前を忘れてしまった。
慌てて言い直しながら、私は凄まじい形相のイサークを仰ぎ、大声で訴える。
それでも彼は、私を見ようとも、腕を下ろそうともしなかった。
ただただカイルをにらみ付け、
「ああっ!? こいつが何をしたかだって!?――んなもん、こいつに直接訊ーてみりゃいーだろーが! まず言えっこねーだろーがなぁ!?」
凄んでから、再び彼の首元をつかみ上げる。
あまりにも二人の距離が近いから、『ちょっと! ドサクサに紛れてキスするつもりじゃないでしょうね!?』などと心配になってしまったけど。
当然、そんなわけもなく。
「おらっ、言えよ! てめえが今、ここで何しよーとしてたかをよ! 姫さんの前で、包み隠さず言ってみやがれッ!!」
イサークによって引き上げられた襟元が、容赦なく彼の首を圧迫する。
苦しそうにゆがめられたカイルの顔を見たとたん、私は堪らなくなって叫んだ。
「イサークやめてッ! お願いやめてぇッ!! カイルが死んじゃうッ!!」
自分でも驚くくらいの大声だったけど。
聞こえていないのか、聞こえても無視しているのか。
力をゆるめる気配が全く感じられないまま、イサークはカイルの首元を締め付け続ける。
……ダメだ。
このままじゃカイルが危ない――!
腕にしがみついて叫ぶだけでは、彼は止められない。
そう判断した私は、とっさに彼の背に回り、思い切りしがみついた。
「――っ!」
ピクリと体が揺れ、彼の動きが止まる。
――今だ!
訴えるなら今しかない!
私はギュッと目をつむり、思い付く限りの言葉をまくし立てた。
「彼のどんなことに対して腹を立ててるのかわからないけど、暴力はやめて! お願いだから、私にもわかるように説明してよ! 怒ってる理由次第では、私もあなたの雇い主として、ちゃんと抗議する! イサークの方が正しいなら、正式に翡翠さんに注意するから! だからお願い! ホントにお願いっ! あなたが怒ってる理由を私に教えて!……ね? まずはそこからだよ! こんな――暴力に訴えるようなことしないで、大人らしく話し合いで解決しよーよっ!……ねっ? ねっ、ねっ? お願いよイサークっ!」
頭を整理することなく、説得を試みてしまったから。
やたら『お願い』と『ね?』だらけになってしまったけど。
イサークの心に届くように、私なりに懸命に、言葉を投げ掛けたつもりだ。
その甲斐があったのか。
彼は深いため息をついた後、ようやく体の力を抜いてくれたようだった。
「……わかった。あんたの言ーてーことはよくわかったから。……頼む。早くどいてくれ」
「……え?」
イサークの言葉で、彼の体に後ろからしがみついていたことを思い出す。
私は『わあっ!?』と声を上げ、素早く後方へ飛びのいた。
「ご――っ、ごごごごめんイサークっ! わたっ、わ、私ついっ、ひ、ひひひ必死で――っ!」
今さらながら恥ずかしくなり、やたらどもりつつ謝ると。
彼は自分の頭に手を置いて、
「こっちこそ、カッとなって悪かった。あんたに迷惑掛けるつもりはなかったんだが……あんなとこ見ちまったら、黙ってらんなくなっちまって……」
素直に謝った後、バツが悪そうにうつむく。
「……え? 『あんなとこ見ちまったら』?……って、いったい何を見たの?」
素直に謝ってくれたんだから、素直に教えてくれるだろう。
そう思って訊ねたんだけど、彼は私からカイルの方に視線を移し、
「――いいのか? あんたが話さねーってんなら、俺から姫さんに話すことになっちまうぜ? あんたはダチでも何でもねーんだから、黙っててやる義理なんざねーしな」
よほど伝えにくいことなのか、怒っていたわりには律儀に許可を得ている。
私がカイルに視線を投げると、彼はサッと目をそらし、
「どうぞ、お好きなようになさってください。……このことをギルフォード様がお聞きになったなら、私も無事では済まないでしょうが……。すでに覚悟はできております」
思い詰めたような、暗く低い声で告げた。