穏やかな(?)朝
その日は鳥の声で目を覚ました。
ゆっくりと起き上がり、軽く目をこすってから、大きなアクビをひとつ。
……なんだか、ぐっすり眠れてしまったみたい。
イサークと雪緋さんが側にいるんじゃ、なかなか寝付けないだろうなって思ってたのに。
もしかしたら私って、自分が思っている以上に図太かったりするのかもしれない。
それともやっぱり、護衛二人を心から信じているからこそ、熟睡できたってことなんだろうか?
う~ん……。
ま、いっか。
とにかくさっさと着替えて、二人に挨拶しに行こう。
すのこベッド(似ているから勝手にそう呼んでいる)から飛び起きた私は、荷物の置いてあるところまで歩いて行き、バッグの中から着替えを取り出した。
本来なら、貴族である私は、メイドさん達に着替えさせてもらわなきゃいけないってことになってるらしいんだけど。
ここにはアンナさんもエレンさんもいないし、そもそも萌黄ちゃんは、異国の服の着替えさせ方なんてわからないだろうし。
――ってことで、毎回勝手に着替えてしまってるんだよね。
萌黄ちゃんは、なんだか不満そうだったけど……。
でもまあ、紫黒帝からの贈り物である礼服に着替える時は、ちゃんと手伝ってもらったんだから、特に問題はないはず。
普段着の着替えを手伝ってないことがバレたら、大変なのかもしれないけど……。
ま、私さえ言わなきゃダイジョーブでしょ。バレないバレない。
「そーそー。バレなきゃいーのよ、バレなきゃ」
つぶやきつつ着替え終わると、私は二人の元へ向かった。
「おはよーイサーク、雪緋さん。一晩中お疲れ様」
声を掛けたとたん。
二人は素早く振り返り、私と目が合うとホッとしたように息をついた。
「結局、昨夜は何も起こらなかったよーだな。俺も雪緋も、あんたの微かな悲鳴すらも聞き漏らさねえつもりで、一晩中耳を澄ませてたが、何も聞こえてこなかったしよ」
「はい! ご無事でようございました!」
御礼を言うつもりで口を開きかけていた私は、イサークの言葉に『ん?』となって首をかしげた。
「え? 『一晩中耳を澄ませてた』って……? もしかして、ずぅーーーっと?」
「ああ。ったりめーだろ、護衛なんだから。なあ、雪緋?」
「はいっ。一晩中、微かな気配、微かな物音すら聞き漏らすまいと、二人で気を張りながら番をしておりました!」
一瞬、ニコニコと笑う雪緋さんが、〝褒めてもらいたそうに尻尾をブンブン振っている大型犬〟に見えてしまって。
悪いとは思いつつ、私はプッと吹き出してしまった。
「え……っ。い、いかがなさいました、リナリア姫様? 私は、何かお気に触るようなことを申しましたでしょうか?」
今度は、耳も尻尾もシュンと垂れてしまった大型犬が思い浮かび……。
私は両手で口を押さえながら、必死に笑いを堪えていた。
「う……ううん? 雪緋さんはなんにもしてないよ?……ご、ごめんね。ちょっとツボにはまっちゃっただけだから……。き……っ、気にしない、で……?」
「はぁ……。私が何か仕出かしたわけではないのでしたら、それでよろしいのですが……」
困惑顔で私を見つめている雪緋さんから、さりげなく目をそらし、私は別のことを考えようと意識を集中していた。
……だって。
一度そう見えてしまったら、雪緋さんが可愛い大型犬にしか見えなくなってしまって。
見ないようにしていないと、また吹き出してしまいそうだったんだもの。
ごめんね雪緋さん……許して?
可愛いものや人に極端に弱い私は、こうでもしないと抱きつきたくなっちゃうかもしれなくて……。
だからこれは、雪緋さんのためでもあるの!
私が雪緋さんの気持ちも考えず、抱きついてしまわないために必要な行動なの!
そーよ。
今までみたいに、『可愛いから』って理由で気軽に抱きついたりしたら、即セクハラ認定されちゃうもの。
常に気を引き締めて、〝可愛いもの発見センサー〟がどれだけ感知して知らせてこようとも、ピクリとも反応しないように気を付けなきゃ!
……そんなわけで。
なるべく雪緋さんを見ないように気を付けながら、イサークへと視線を移す。
イサークなら、『可愛い』って思うようなことは、まずしないはずから。
どれだけ見ていようと安全だもんね。
「――ってことだから、神の憩い場に行こうよ! 犯人だって、目立つ朝に襲ってくることはないだろーし。だから……ねっ? いーでしょーイサーク?」
唐突に話を振られ、少し驚いたように目を見開いたイサークは、
「はあ? 何が『ってことだから』、だよ? まだ朝メシも食ってねーうちから、『神の憩い場に行こう』だぁ?……ったく。相変わらずノーテンキなお姫様だぜ」
呆れたのか、腕を組みつつ私をジトっと見つめる。
「ちょ――っ!……もう! 相変わらず失礼な人ね! 誰がノーテンキよ、誰が!?」
神の憩い場に行きたいと言ったくらいで〝ノーテンキ〟呼ばわりされ、ちょこっとムッとしてしまったけど。
私が襲われないようにと、夜中から朝方まで気を張って。
ずっと寝ずの番をしてくれていたイサークからしたら、ノーテンキに見えて当然かもなと、即座に思い直した。
「うぅ、う……。ま、まあいいわ。一睡もしないで頑張っててくれた二人に免じて、ノーテンキ呼ばわりしたことは気にしないでいてあげる。……とにかく、ほらっ。さっさと神の憩い場に行って、サッパリして戻ってくるわよっ? そしてあさげが終わったら、イサークは昼まで眠ってればいいんじゃない? 昨夜は私達の話声が気になって、ほとんど眠れなかったんでしょ? 昼間の護衛は雪緋さんだけで充分だし……。ね? 今日はそーゆーことにしよ?」
わざとではないものの、イサークの眠りを妨げてしまったという後ろめたさがある私は、機嫌を伺うようにイサークを仰ぎ見る。
目が合ったと思ったら、彼はスッと目をそらし、
「ああ、まあ……雪緋がそれでいーってんなら、そーさせてもらうけどよ」
ぶっきらぼうに言った後、再び腕を組んで、フンと鼻を鳴らした。