ゆうげ後の出来事
その日のゆうげはイサークと一緒だった。
通常、貴族に属する身分の者は、使用人や従者と共に食事をとることなど、まずあり得ないそうなんだけど。
『そこを何とかお願いします』と無理を言って、イサークの分もこちらに運んでもらったんだ。
だって、これからはこっちの方(風鳥殿)で、イサークに護衛をしてもらうことになるんだもの。
食事のたびに従者用の部屋に戻ってもらうなんて、すごく大変だと思うし。(風鳥殿から、かなり離れたところにあるらしいし)
護衛二人が戻っている間に、こちらで何かあったりしたら困るじゃない?
それに、イサークに護衛してもらうことは、すでに藤華さんからは許可を得てるんだから、一緒に食事をとるくらいのことは問題ないと思うんだ。
――ただ、食事のメニューを同じにすることは不可能だったようで。
私向けの夕食と従者向けの夕食では、明らかに大きな違いがあった。
私用のゆうげの御膳は、相変わらず豪勢で。
おかずだけでも十品くらい。フルーツやナッツ類まで合わせると、十数品もの料理が並んでいたけど。
イサーク用のメニューはそれよりずっと少なくて、おかずは五品ほど。
しかも、メザシくらいの小さな魚の煮付けと、野菜の漬物と酢の物、味噌汁と塩……くらいしかなかった。
その上、使用されている食器も、素焼きの土器みたいな地味なものばかりで。
ここまであからさまに差があるのかと、結構ショックだった。
だからもう少しで、『私だけこんなに豪勢なもの用意してもらっちゃってて、ごめんね』って、イサークに謝っちゃうところだったんだけど。
側でちょこんと座っている萌黄ちゃんの姿が目に入ったとたん、ハッとして口をつぐんだ。
もしかしたら、萌黄ちゃんや他の女官さん達のゆうげは、もっと粗末なものだったりするのかもしれない……って、とっさに思ったから。
無神経に、『萌黄ちゃんのゆうげはどんな感じ?』なんて本人に訊くわけにも行かないし、本当のところはわからないんだけど。
もしそうだったとしたら、イサークに謝るという行為は、彼女達をも傷付けることになっちゃうかもしれないもの。
そんなわけで、その日のゆうげはとても静かで。
いわゆる〝黙食〟に終始したのだった。
私とイサークがゆうげを済ませ、萌黄ちゃんが空の容器の載った御膳を片付けに、くりやに行ってしまうと。
日課の裏庭での鍛錬を済ませ、神の憩い場で汗を流してきた雪緋さんが、ちょうど戻ってきた。
雪緋さんはさっぱりした顔でイサークの前に立ち、
「イサークさん、お待たせいたしました。交代の時刻ですので、どうかお体をお休めになってください」
そう言ってニコリと笑う。
イサークは素直に『ああ』と返し、隣の部屋(と言っても、壁があるわけではなく。広めの一室が大きな屏風で仕切られているだけなんだけど)に引っ込むため腰を上げた。
でも、引っ込む手前で足を止め、何かを思い出したかのように振り返ると、
「……姫さん。ひとつ訊ーていーか?」
ドキッとするほど真剣な顔で、私をまっすぐ見つめる。
「えっ?……あ、うん。いいけど……。なーに? 急に真剣な顔しちゃっ――」
「あいつは誰だ? あんたの捜してたヤツ――〝カイル〟ってヤツなのか?」
言葉尻に被せるように早口で訊ねられ、私の心臓はバックンと跳ね上がった。
「え……。な、何? どーしたの突然? あいつ、って……。あ、あいつって誰のこと?」
バクバクする心臓の辺りに両手を当て、必死に落ち着こうと頑張ったけど、なかなか思うようには行かなくて。
落ち着くどころか、鼓動はさらに加速して、窒息しそうなほどの息苦しさがあった。
「あいつはあいつだろ! あの、薄黄色の髪した……緑の目の男のことだ。あんた、湯浴みしに行く途中であの男見たとたん、『カイル』って言ったろ?……あれ、どーゆーこった? カイルって……失踪中だとかゆー、あんたの昔の専属護衛……だよな?」
う……うぅっ。
あの時、特に追求されたりはしなかったから、そこまで引っ掛かってたわけじゃないんだろうって、ホッとしてたのに。
やっぱりダメかぁ。
イサークってば、あの時からずっと、疑問に思ってたのか……。
どーしよう?
どーやってごまかそう?
――なんて、思わず考え込んでしまったら。
「ちっとばかし前に陰険メガネから、カイルってヤツの特徴を聞ーたんだ。薄黄色の髪に緑の目をした、男にしてはやたらキレイな顔したヤツだって。――な? あのヤローの特徴と同じだろ?」
どこまでも真剣な顔つきで、イサークが念押しするように訊ねる。
私はますます追い詰められ、息苦しさで目が回りそうだった。
それでも一切容赦することなく、イサークの追求は続く。
「なあ、どーなんだ? あいつはカイルってヤツなのか? だったらどーしてこんな国にいるんだ? 武者修行するにしても、ザックスから離れすぎだろ。――なあ。どーなんだよ姫さん? あいつは、あんたがずっと捜してた……カイルってぇヤツなのか?」
……ダメだ。
ごまかすための嘘が思い付かない。
私はすっかり観念して、正直に答えようと口を開きかけたんだけど。
それより先に、
「違いますよ?」
雪緋さんが否定する声が響き、私とイサークはほぼ同時に、彼の方へ顔を向けた。