ツンデレ護衛の意外な特技
ゆうげの時間が近付いた頃。
萌黄ちゃんは配膳業務のためにくりや(台所のようなところ)へ。
雪緋さんは日課の鍛錬を行うためと、体を清めるために裏山へ。
それぞれの目的を果たすため、風鳥殿から出て行った。
結果、ここには私とイサークが残されたわけだけど。
お互いに何をしていいのかわからず、私達はしばらくの間、中庭を眺めながらボーッとしていた。
「暇だねぇ……」
沈黙することにも飽き、私が何気なくつぶやくと。
「……だな」
ものすごく素っ気ないながらも、イサークが反応を返してくれた。
それで気を良くした私は、彼の方に顔を向け、
「ねえねえ、そー言えばさ。先生って毎日何してるの? やっぱり山の中で、ザックスにはない植物とか鉱物とか、嬉々として探し回ったりしてるのかな?」
ここ数日、会う機会のなかった先生について訊ねてみたんだけど。
とたん、彼は苦虫を噛み潰したような顔で『あぁ?』と不満げな声を漏らし、私をギロリとにらみ付けた。
「あの陰険イヤミメガネとよーやく離れられたっつーのに、わざわざ思い出させてんじゃねーよ! あのヤローがどこで何してよーがこっちは全然カンケーねーしキョーミもねーっつーの」
今度はものすごく早口で、吐き捨てるように言い放つ。
内心、先生の話を振ったのはマズかったかなと反省しつつ、私は苦笑いを浮かべた。
「……ま、こちとら詳しくは知んねーが、姫さんの想像どーりってことで間違いねーんじゃねーの? 一応この国の許可取って、あっちこっちで調べ物して回ってるらしーぜ。いつだかは、朝っぱらから役人数名引き連れて、どっかに出掛けてったこともあったしな」
さすがに態度が悪いと思ったのか。
不機嫌そうではあったものの、先生について知っていることを教えてくれた。
「へーえ。そーなんだ? 私の知らないところで、やっぱりいろいろと先生っぽいことしてるんだねぇ」
感心してうなずく私を、イサークは面白くなさそうに見つめ、
「ヘッ。あいつばっかりやることやってると思うなよ? 俺だってなぁ、ヒマな時間、ただムダに過ごしてたワケじゃねーんだからな!」
懐に片手を突っ込むと、袋のようなものを取り出した。
それを逆さまにし、中身を床へとぶちまける。
「えっ! 何これ何これっ?……うっわぁ~、すごい! なんだかたくさんあるぅ~! これって木彫り? 木彫り細工だよね?」
ぶちまけられたものの幾つかを手に取り、しげしげと全面を眺めたり、手のひらにのせてみたりしながら訊ねる。
イサークはプイッとそっぽを向き、小さな声で『ああ』とつぶやいた。
「えーっ、すごいすごい! キレイな花のブローチとか可愛い動物の小さな置物とか、寄木細工のコースターっぽいものまである!……えっ? もしかして、これぜーんぶイサークが作ったの? ええっ、ホントに?」
あまりにも意外だったから、イサークと木彫りの作品群を交互に見つめながら、私は驚きの声を上げた。
照れているのか、彼はくるりと背を向けて、
「俺が作っちゃマズいのかよっ?……べつに、そんくれーどーってことねーし。ちっとばかし手先が器用なら、誰にだって作れるしな」
何故か言い訳するかのごとく、謙遜してみせる。
(え? これが?……誰にだって作れる?)
十点ほどあろうかと思われる作品のうち、ひとつを指先でつまみ上げ、再びしげしげと眺める。
どうやって彫ったのか私にはさっぱりわからないけど、見事としか言いようのない、一輪のバラがそこにあった。
バラ……かどうか、本当のところはわからない。
でも花の種類なんて、この際大した問題じゃなくて。
細い茎から伸びる葉の一枚一枚、花びらの一枚一枚が、本物と同じくらいの厚さで、なめらかに削られている。
これがもっと大きくて、おまけに着色されていたら、本物の花と勘違いしてしまっていたに違いない。そう思えるほどの精巧さだった。
動物の置物だって、どれも本物そっくりで……っと、んん?
「あっ、セバスチャン! セバスチャンがいる! ねえねえっ、これってセバスチャンでしょっ?」
親しみのある、まん丸ボディのオカメインコ。
執事服を着たオカメインコの置物を見つけ、私ははしゃいだ声を上げた。
「……ああ。ザックス出てから、結構経っちまっただろ? そろそろあんたも、あの丸っちょい執事だか何だかのジーサンに、会いたくなってきてんじゃねーかと思ってよ」
「え。……イサーク……」
じゃあ、この置物は……私のために?
わざわざ私のために彫ってくれたの?
なんだかジーンとしてしまって。
私は涙目になんかなりながら、『ありがと』とイサークの背中に向かってつぶやいた。
その声が聞こえたのか、聞こえなかったのかは不明だけど。
彼は背中を向けたまま、
「それ全部、あんたにやるよ。遅くなっちまったけど、まー……誕生祝いってヤツだ」
照れくさそうに告げてから、クシャクシャっと頭をかいた。
私は驚いて『えっ』と声を上げた後、満面の笑みを浮かべ、
「……うん! ありがとーイサーク!」
今度はハッキリ聞こえるよう、大きな声でお礼を言った。