やせ我慢の姫君
藤華さんの護衛に戻ったはずなのに。
私を護るつもりでいるかのようなカイルの発言に、私は目を丸くした。
「な、何言ってるの翡翠さん? 翡翠さんが護らなきゃいけないのは藤華さんでしょ? 私の護衛をしてる暇なんてないじゃない」
「ああ、まったくだ! 姫さんの護衛は俺と雪緋だけでジューブンだっての! あんたはさっさと巫女姫サンとこに戻れよな」
シッシッと追い払うような仕草をしながら、呆れ顔でイサークが言い放つ。
カイルはムッとしたように彼をにらみ、
「何を悠長なことを言っているのです? リナリア姫殿下は、命の危機にさらされておいでなのですよ? 護衛があなたと雪緋の二人だけだなどと、安心していられるはずがないでしょう! 藤華様には、常に多くの女官達が付き従っております。周囲には見張りの役人達も大勢おりますし、今のところ、あちらでは不穏な噂は耳にしておりません。私一人が抜けたところで、何の問題もないはずです。ですから今夜は、私もリナリア姫殿下の御身をお護りすることのみに尽力させていただきます!」
まるで、そうすることが当前だとでも言うように主張した。
カイルの気持ちは嬉しいけど。
白藤から、襲われるとすれば藤華さんの方が――みたいな話を聞いていたから、なんだか気掛かりで。
彼からの申し出を、素直に受け入れることはできなかった。
「でも、あの……心配してくれる気持ちはすっごく嬉しいけど。実は白藤――神様から、藤華さんにも危険が迫ってる……っぽい話を、聞いたばかりなんだよね。だから、えっと……私のことは気にしなくてダイジョーブだから、どうか藤華さんのことを第一に考えてあげて?」
「えっ、藤華様にも危険が!?……まことに神様が、そのようなことをおっしゃっていたのですか?」
カイルはたちまち顔色を変え、私をまっすぐ見据える。
私も彼の目を見つめ返し、深くうなずいて嘘じゃないことを強調してみせた。
「そんな……。藤華様までもが、何者かにお命を?」
ショックを受けたように低い声でつぶやいて、カイルは口元を片手で覆った。
私が狙われていることを知った時より、彼の反応が大きい気がして、胸にチクリと痛みが走る。
……って、いやいや。
そんなことで傷付いてる場合じゃないでしょ!?
藤華さんには白藤がついてるから、心配いらないとは思うけど……。
それでもあの神様、どこか信用ならないようなところもあるし。
……うん。
こんな時に、ヤキモチなんて焼いてちゃダメだよね。
やっぱりカイルには、藤華さんの方を護っていてもらおう。
決意して、私はカイルをまっすぐ見つめた。
「翡翠さん、ホントに私の方はダイジョーブ。だからお願い。こっちのことは気にしないで、藤華さんについててあげて?」
もう一度念を押すように告げると、一瞬、カイルは悲しげにまつ毛を伏せた。
それからそっと視線を外すと、
「……そうですね。もともとからして、私は藤華様の護衛なのですから……」
自分に言い聞かせるようにつぶやき、コクリとうなずく。
「承知しました。勝手申し上げましたが、私はこれにて失礼させていただきまして、通常任務に戻ります」
「……うん。藤華さんのこと、くれぐれもよろしくね。帝には立場も他のお仕事もあって、もしものことがあっても駆け付けて差し上げられないと思うから」
「――帝? 何故ここで、帝のお話が……?」
「え?……あっ。えっと……。と、藤華さんはこの国の大切な巫女姫だし! 国にとって大切な人は、帝にとっても大切に決まってるじゃない? っだ、だからだよ!」
アハハと笑ってごまかし、私は慌ててカイルの背中を押した。
「ほ、ほらっ。早く藤華さんのところに戻ってあげて? 私が襲われたのは夜中だったけど、日中には襲ってこないって決まってるわけじゃないでしょ? だから、ねっ?」
グイグイと背中を押され、カイルは困惑してるみたいだったけど、構わず押し続ける。
彼は顔だけ振り向いて、
「わ、わかりました。直ちに戻ります。戻りますから……」
どこか落ち込んででもいるかのような声色で返す。
それを聞いたとたん、『これじゃまるで、邪魔者を追い払ってるみたいだって思われちゃうかな?』とヒヤリとし、私は慌てて手を離した。
「それでは、失礼いたします」
こちらを向いて一礼すると、カイルは肩を落として去って行った。
せっかくの好意を無下にしてしまったようで、ちょっと心苦しかったけど。
藤華さんも危険な状態だと白藤に聞いたのは事実だしと、必死に自分に言い聞かせる。
(私だって、ホントはカイルに側にいてほしいし、その方が安心できるけど。でも……藤華さんも危険だって知っちゃったら、無視することなんてできないもの。それにカイルは……今は藤華さんのこと、好きかもしれないんだし……。好きな人に何かあった時、側にいられなかったことを後悔させてしまうくらいなら……カイルにそんな傷を残してしまうくらいなら、自分がガマンした方がよっぽどマシだもの)
「……うん、そーだよ! きっとこれでよかったんだ!」
思わず声に出してしまったら、イサークと雪緋さんがギョッとしたように体をのけぞらせた。
ハッとした私は反射的に二人に顔を向け、取り繕うようにエヘヘと笑った。